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地球の舳先から vol.358
屋久島編 vol.1
「山と海、どっちが好き?」そう聞かれるたび、こう答えてきた。
「どっちもヤダなあ。山は虫がいるし、海は焼けるししょっぱいし」
…数年前までは。
週末、嵐の屋久島を身一つで遠泳するというネタのような大会に出た。
どうしてこうなったのか分からなくて、いま、これを書いている。
わたしは0歳6か月のころから泳いでいた(泳がされていた)。
ほとんどやる気はないので、強化選手コースを選ぶこともなく
スイミングクラブのコーチにははじめから見限られていたが、
元々特技だから何の努力もしなくていいだろうという理由で入った
中学校水泳部の敏腕顧問に見いだされ、フォーム矯正と修行を強要された結果、
魔法のように美しく、速く、しかも楽に(これ大事)泳ぐようになった。
上位大会の常連にもなり、順調な競技生活を送っていた、のだと思う。
今も実家には夥しい量の賞状があるが、全校朝礼のたびに表彰されても
そもそも承認欲求みたいなものがあまりない人間なので、興奮するでもなく
ジャージ姿のまま全校生徒の前で台に上がらされることの方がよほど嫌だった。
そして思春期のある日、「こんな水泳体型はイヤだ」と我に返り、水泳とは絶縁した。
心境の変化が起きたのは、東日本大震災だった。
物心つく随分前から水の中に居たので、この泳力は、わたしにとっては
自分の意志とはまるで関係のないところで養われた先天的な能力だった。
泳ぐことを「選んだ」わけではなく、好きでも嫌いでもない。
ただ、泳げるから、泳いできた。主には、ラクをするために。
でも、わたしは、はじめて自分の意志で、水の中に戻ることを選んだ。
この泳力が、いつか自分か誰かの身を助けることがあるのかもしれない。
そう思ったからである。
2011年以来、わたしは、人命救助や水回りの資格をチマチマと取り始めた。
そして、同じJunkStageで連載している屋久島在住の日高さんのコラムから、
海を集団で遠泳する大会があることを知った。
どんだけ物好きなんだと興味はおぼえたが、相当悩んだ。
ずっと海を避けてきた。「焼けるししょっぱい」も実際あるが、怖いから。
あまりに「海では泳がない」と言うので、本当に泳げるのかと言われたこともある。
泳力の過信という自覚も十分にあった。
わたしみたいのこそ、調子こいて海で泳いだりするもんじゃない。
海は怖い。
遊ぶとこじゃない。プールじゃない、相手は自然だ。流される。死ぬ。
震災とは関係なく、身内に海の事故があったわけでもないのに、ずっとそう思っていた。
でもたぶん、海と向き合うこの一線を、超えるべき時が来ていた。
大会なら、コース上にジェットに乗ったライフガードも沢山待機している。
「もうイヤだ」と手を振れば、ジェットスキーで陸まで送ってくれるらしい。
「もう疲れた」と仰向けにずっと浮かんでいても、陸まで運んでくれるという。
「世界遺産で抜群の透明度の屋久島、去年は海亀と一緒に泳いだ」
の甘言で決意したわたしに、島は容赦なく自然の厳しさを見せつけてきた。
東京のゲリラ豪雨がかわいく思える、意味の分からない降り方の大雨。
会場のテントは風で吹っ飛ばされそうになっており、
吹きっさらしの荷物置き場にも雨が横殴りに降りこんでくる。
しかも、気温は21度、水温は23度。寒い。
別の距離では、低体温症がでて救急車が来たそうだ。(その後、無事)
これ、何の罰ゲーム?
透明な海も、海亀もいない。海に入っても、魚どころか浅い底砂さえ見えない。
すぐ近くを泳ぐ人の存在すら、手足がぶつかって初めて知れるほど。
近くの川から大量の雨水が流れ込んだ水面近くはところどころ真水で、浮かない。
目的を失い、頭を切り替えた先は、無理目なタイム設定をして真剣に泳ぐことだった。
幸い、五輪メダリストの宮下純一さん、寺川綾さんを筆頭に、インターハイ常連選手や
マスターズのランカー達が揃い踏みの先頭集団は、上質すぎるペースメーカーだった。
足に巻いたICチップが正確にタイムを測り、
目標を15秒切ったタイムに、緩やかな高揚感を覚える。
こういうところは、どこかしらアスリートなのかもしれない。
またずぶ濡れになりながら移動した体育館では、地元漁港の漁師さんと
お母さんたちが、1日がかりで大量のご馳走を用意してくれていた。
あたたかい首折れサバのあら汁に、焼酎のお湯割りで暖をとる。
物好きなスイマーたちが、これが何戦目だとシーズンの予定と記録を話している。
「次は湘南ですか? 10kmで会いましょう!」
ヤダよ、3時間も4時間も泳ぐなんて。焼けるじゃない。
そう思いながら、別の大会の、今回の倍の距離をそっと申し込んだ。
↑メダリストの宮下純一さん、寺川綾さんと。
わたしの出た部の1位は寺川さんと同じミズノの白井裕樹選手、1キロ11分ってスゴすぎ。まさに速すぎて見えませんでした。