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カナダブリティッシュコロンビア州バンクーバーに降り立った翌日、船でアラスカ州
へ入った。
南東アラスカの海域には小さな島が無数に浮かび、大きな島の海岸線はどこも複雑な
フィヨルド地形となっていた。
降り立ったのはバラノフ島シトカ。
人口9000人程が海と山に囲まれた環境に暮らしている。
ここはかつてアラスカ先住民「Tlingit」の聖地であったが、一時アラスカがロシアの統治下
にあった時代には両者の間に激しい衝突があり、その後も微妙な関係を保っていたことを
知る。
町を歩くと幾つものロシア建築の建物を目にする為、アラスカ先住民の聖地としてはどこか
異質な印象を受けた。
先住民族「Tlingit」は北海道のアイヌ民族との共通点も多いという。
アイヌ民族の生活圏が北海道以外にも樺太、千島、カムチャツカに至る広範囲に及んでいた
ことを考えると、両者の関係になんらかの繋がりがあっても不思議ではない。
実際、南東アラスカの「Tlingit」とカナダ北西沿岸の先住民族「Haida」の伝説には過去に
アイヌ民族との接触があったことを伝える物語が幾つかあるという。
「Tlingit」文化の最大の特徴ともいえるトーテムポールは、アイヌ民族の文化には存在しない。
トーテムポールに刻まれている様々な動物達や人間の姿は、それぞれの家系やそれぞれが
所有する伝説や物語の登場者で、家の中や家の前、また墓地などに建てられていたのだという。
夕暮れ近くに海岸に面した森に入ると、すぐにどこからともなくワタリガラスの声が聞こえ
てきた。
この地の先住民族にとって”raven”は人間や動物を創った神話の主人公であり、特別な存在
としてトーテムポールにも刻まれている。
ワタリガラスの声は日本のカラスとは全く違っていて、どうにも言葉では形容しがたい不思
議な声だ。
そしてまた、時折聞こえてくるのがハクトウワシの甲高い声。
静まり返った夕刻の森にトーテムポールに刻まれた”主人公達”の声が響き渡ると、一気に
アラスカ先住民の世界に導かれていくようだった。
森の中でトーテムポールを見つけると、しばらく立ち止まってポールに刻まれた動物達を
ひとつひとつ見上げた。
森を見つめるポール、海を見つめるポール。
森の木々に溶け込むように建てられたポールをじっと見つめていると、それぞれのポールが
まるで魂を持って自然や人間を見据えているように思えてくる。
南東アラスカからカナダにかけて先住民族が信仰したトーテムポールの文化は一体いつ頃
から始まったものなのか・・・。
朽ち果て、土に帰ることを前提に建立されてきたトーテムポールだけに、その起源は
わかってはいないという。
確実に消えゆく真の時代のトーテムポールは静かに見守りながらも、その文化は積極的に
今の時代へ伝えてゆこうとするアラスカ先住民の姿をいくつかの場所で見てきた。
彼らの活動は北海道の先住民同様、今の時代に失われつつある”人間が生きていく上で大切
な精神”の継承であるように思われる。
美しきトーテムポールの森にはいつまでもワタリガラスの声が響き渡り、そして静かに夕闇に包まれていった・・・。