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早く、早く、早く。
時間には十分余裕を持って出た。だから本当は急ぐ必要なんてないんだけど、体が胸からどんどん前に進んでいく。倒れるように。押し出されるように。
改札をすり抜け、階段を駆け上がり、ちょうど来た電車に滑り込んで息をつく。
イヤフォンからは最新アルバムの収録曲がエンドレスで流れている。
少しかすれた高音、叩きつけるようなビート、メロディアスな響きのリフレイン。
――ああ、早く生で聴きたい。
バンドに嵌るなんて若い子のすることだと思っていた。
実際、わたしも高校生くらいの時に流行りのアーティストをちょっと好きになったことはある。
でもポスターを貼ったりピンナップを集めたり、そういうことはしなかった。アイドル雑誌を眺めてきゃあきゃあ騒ぐクラスメイトたちのことはバカだと思い、薄い軽蔑と共にわたしは二番目に好きだったボーイフレンドと過ごすことを選んだ。
手が届かない男を眺めてなんになる?
少しすかしたところのあったわたしには、偶像に熱中する友人はひどく無邪気で幼く見えた。
なのに、40歳を過ぎた今、わたしは子供のように胸を弾ませてライブ会場に向かっている。
自分へのプレゼントと称して買った新しい服と靴で、やっと当選したチケットを握りしめて。
最初はまた似たようなバンドがデビューしたんだと思った。子供の歌じゃないか、って。テレビの歌番組で見たときもたいして興味は感じなかった。
子供たちも興味はなさそうだった。この人たち、あんまり売れてないんだよねと言って、すぐに携帯に視線を落としていた。
なのに、惹かれた。
ボーカルの少年の声に、意味はほぼ無い、だからこそ切実な歌に。
意外と端正なギター、一生懸命叩いていることだけが取り柄のようなドラムス、絶対に癖の強そうな性格のベースに、いつの間にか目を奪われていた。
似ていた。あの頃、好きだった人の声に。
似てる、似ている、そう思いながら聞いていたら好きになってしまっていた。幼さの残る歌声。どこか必死そうなメンバーの子たちの生き急いでいる感じ、どこまでも行けるところまで行きたいとむずむずしているような仕草も。
CDも全部買った。ファンクラブにも入った。彼らが乗っている雑誌は些細な記事でも全部買い集めた。我ながら痛いと自覚しながら、それでも止められなかった。
あの頃の自分が、あの頃自覚しながら手が届かなくて諦めた恋が戻ってきたような気がして。
ドアが開いて、娘のような年頃の女の子たちに混じってホームに降りる。
いくつもの階段を上り下りして、人込みの中を音に押されて小走りで歩いて、会場についたときには呆然として見上げてしまった。
ああ、ついに来た、と思った。
勘違いだなんて分かっている。これは恋じゃないし、そうだとしてもかつてのわたしが戻ってくるわけではない。でも、それを楽しむのは、自由だ。
だって、耳元で初恋の彼に似た優しい声が、灼熱の恋をしようと歌っている。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。