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2015/03/06

一ヶ月、ジャンクステージコラムの執筆をおやすみしていました。

私は「自称表現者」として生きているので、舞台やステージに立つことはもちろん、ポートレートモデルやこのような場に文章をもって表現することも大事にしてきたつもりでした。

しかし、ありがたいことなのに、いくつもの稽古場をかけもちするようになると、
表現する場、いわゆる稽古やレッスン、オペラやコンサートの本番などを「こなす」ような状態になってしまうと、自分がなぜこの職業を選んだのか考えることなく、最悪な場合、嫌々、譜面や稽古に向き合ってしまうこともあるのです。

「舞台人という生き物は、舞台に立っていないと廃れていく」
と、劇団研究生時代、パントマイム講師からのお言葉。

1年に最低3回はステージの上に立つことを考えて行動しなさい。舞台人は舞台上で成長していくものだから、養成所に通い、レッスンに出席していることに安心するな。ともいわれたものです。

実際、私は性格がひねくれていて、全日制のため毎日のレッスンに嫌々通っていました。
もう声楽家の卵として活動をしていましたが、自分自身で全日制のクラスを選択したのにです。
これはおそらく大きな劇団に所属して守られている安心感と、どうせ見た目がよくなきゃ仕事なんかくるわけないと考えてしまいました。それだったら、修了する1年間は「修了した証」を得るまで毎日をこなして生活しようと半分脱力状態でした。

しかし、そのお言葉は
研究生というのは常にステージに乗る機会が与えられているわけではなく、
3回は舞台に立ってやろうという根性でいろ!そして突然そのチャンスがやってきたときにも万事対応できるように、毎日の訓練を自分のものにしなさい。という教えでした。
自分に与えられた環境が当たり前の環境になっていくと、どんなにありがたい環境でもその‘ありがたさ’が薄れてしまうものです。
自分の与えられた仕事にマイナスな疑問と感じたときは、一呼吸。
すべての人に同じチャンスや環境を与えられるわけでは決してないということ。

オペラ歌手養成所を修了した後、入団推薦者枠から漏れ、精神的に落ち込んだところへ
大学時代に所属していた合唱団の校友団体から原稿依頼をうけたことがありました。
声楽家としてこれからどうもがけばいいのかのわからないのに執筆できるわけないと思ったのですが、
普通大学を卒業し、どうしてオペラの世界を志したのかを書いてほしいということで「歌う理由(わけ)」という題名で書いたのですが、そちらの幹事の方からこんなメッセージをいただけたのを思い出しました。

『ご自分の過去から現在に至る姿をじっくり考えなおし、冷静に見ている・…そんな感じに受け止めました。
今の、この時代に自分の“道”を探している人がいっぱいいるはずです。その、探し方すら分からない人もいる・…あなたよりさらに若い方・・・現役生とか・・・・にきっと共感してもらえるんじゃないかと思い、うれしく掲載させていただくことになりました。
うたが歌えるだけの人も、絵が描けるだけの人も、スポーツが出来るだけの人、文章だけが書ける人・…それぞれいっぱいいますが、今からの時代は”それ一本”だけじゃ厳しいんじゃないかしら?あなたの場合、歌のほかにエッセイなどとコラボしたらいいかもしれない・…なんて勝手に思ってしまいました。』

文章表現をするようになって、今まで自分のために自分勝手に文章を書いてきました。
こんな人生を送ってきた若手の表現者がいる、くらいに読んでくださればいいやと軽く思っていました。

コラムに対しても、「ありがたい表現場所」として大切にこれからも執筆してまいりたいと思います

2015/03/06 01:04 | uika | No Comments