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北海道中央部の大雪山系では既に銀世界であるが、日高山脈南端の
標高1000メートル前後の山にはまだ頂にも雪が見えない。
同じ北海道内の山岳地帯であっても気温の変化や積雪量が少ないのは
太平洋がもたらす暖かい風が要因する、いわゆる「海洋性気候」である為だ。
そんなことで、この辺りは比較的遅くまで森の奥深くまでアプローチができる。
再び訪れた日高南部の原生林。
早朝、寝袋から出ると辺りの落ち葉が霜に覆われていた。
まだ薄暗い内から奥深くのナキウサギの棲む森へ入り、彼らの姿を待つ。
今回はなるべく森に溶け込めるよう、ダウンジャケットや帽子の色も考慮してきた。
三脚にカメラをセットし、そこに手を掛けてあとは動かないよう、目線だけを
チラチラとあちこちに向ける。
雪が無くとも気温は氷点下であるから撮影用の薄い手袋ではすぐに指先が
“ジンジン”してきた。
まもなく聞こえてきたクマゲラの甲高い鳴き声。
この森に来ると必ず目にする代表的な住人だ。
幾つかの木を飛び移り、僕が立っているところから10m先の木に張り付いた。
どうやら”僕の体”は辺りに点在する「折れた老木」のようにしか見えていないようだ。
気付かれないようにゆっくりと三脚の上の望遠レンズをパーンさせ、覗き込んで素早く
シャッターを切った。
シャッターを切りながら体制を整えると、突然動き始めた”老木”にびっくりしたのだろうか、
クマゲラはけたたましい鳴き声を放ってあっという間に遠くへ飛び去っていった。
午前8時を回ったころ、やっと深い森の中へ太陽の光が回り始める。
まだ青々とした苔が太陽の光に反射して美しく輝いた。
冷たい空気を切り裂くように差し込んだ太陽の強い光と熱がナキウサギ達を刺激する。
あちこちで縄張りを主張する鳴き交わしが始まったのだ。
僕は森の情景をうまく表現できて、逆光の状態でシャッターが切れる瞬間に執着した。
この辺りのナキウサギは非常に警戒心が強く、一度僕の姿に気が付いて巣穴にもぐり
込むと、どれだけ長い時間を待っていても同じ日に姿を表すことはなかった。
それはどの個体にも共通していることだった。
数少ないチャンスに神経を集中しながら、ここでは彼ら以外の事にも神経を使わなければ
いけなかった。
それは、時々森の奥から聞こえてくる何者かが藪を掻き分けて歩く音に耳を済ませること。
重量感のある彼らの正体は「クマ」か「シカ」でしかないのだが、幸いにもこれまでは音の
出し方から推測して前者ではないと判断し、またいつもそうである事を祈っていた。
実は両者では藪を掻き分けて歩く音に微妙な違いがあるのだ。
こうして五感を研ぎ澄ませながら森の中で一日を過ごす。
これは社会の中では決して感じることのできない感覚と思う。
様々な生き物の気配に敏感になる瞬間は自分も「野生動物」になっている時だ。
では、今回の「野生動物」と化して捉えたナキウサギの写真はどうだろう・・・。
なかなか良い雰囲気のものが撮れたと思う。
ここは本当に素晴らしい”原始の森”だ。
次回はここで雪上のナキウサギを捉えたい。