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2014/06/10

m271
――お客様のお掛けになった番号は、現在使われていないか、電源がはいっておりません。番号をお確かめの上……

無機質で妙に丁寧なアナウンスを聞いていたら、なんだか全てにおいてやる気が出なくなってしまった。ここのところ毎日のように掛け続けた番号だったのに、昨日からメールも不通、電話は一向に繋がらず、やっと繋がったと思ったらこんな状態。携帯を放り投げてベッドに横になったが、目を瞑ることはできなかった。目をつぶったが最後、余計なことまで考えてしまいそうで、天井に張り巡らされたパネルの筋目ばかり眺めていた。

 

過ぎた彼女だとは思っていた。本職のデザインだけでは食べていけず、実態は貧乏フリーターである僕を彼女は殆ど養うようにして食べさせてくれた。正社員だから大丈夫、と言ってくれた言葉に甘えていたつもりはないけれど、こうなってみると僕は彼女のことを何も知らなかったのだと思い知らされる。自分の話も殆どせず、社員寮だからと僕のうちにばかり来てくれて、料理を作ってくれていた彼女。僕の垂れ流すような話に頷きながら、遠慮がちに休みの予定を聞いてくれた彼女は、どこかで僕に見切りをつけたのかもしれない。別れの言葉一つなく、……それは律義な彼女に会っては殆どあり得ないような話だけれど、それだけのことを僕は知らずにしていたのかもしれないし、もしかしたら何か決定的な一言を無神経に口にしてしまっていたのかもしれない。

思い当たる節なんていくらでもあって、それが僕の気を滅入らせる。生返事。無関心。関心が無いわけじゃなくって、余裕がなかっただけで、でもそんなことはこっちの事情で。

 

携帯は鳴らない。SNSも苦手だと云う彼女の連絡先は、携帯とメールだけしかしらなかった。勤め先に問い合わせれば所在は特定できるだろうけれど、すっぱりと連絡を断ち切った彼女にそれをすれば迷惑だろうし、ストーカーと呼ばれても仕方ない行為だ。僕は彼女に迷惑をかけたくはない。でも、このまま……? 僕は捨てられたのか。別れなければならないのか。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。だって僕には彼女しかいないのに。

布団を頭からかぶり、こみ上げてくるものを必死で堪えた――瞬間、鍵が開いた音がした。

「やだもーなんで寝てるのこんな時間から。今日仕事早かったの?」

あっけらかんと彼女は入ってきて、なにやら買ってきたらしいスーパーの袋を開けて冷蔵庫にしまいだした。なんというか、完全にいつも通りだった。あれ? え? 当惑している僕を置き去りにして彼女はごく平然とエプロンを付け、今ご飯にするねと台所に立った。えええ?

「あの、携帯、は…?」
「ああそうだ。忘れてた。この部屋のどっかになかった?」

昨日慌てて帰ったから忘れちゃって、やだ電源切れてたごめん!電話いっぱい来てたけど、え? なんかあった? 折りたたまれた服の間からひょいと携帯を拾い上げると、彼女は首を傾げて僕を見た。なんだか妙に脱力して、後ろから抱きしめて、なにようどうしたのよとまだ混乱している風の彼女に僕は言った、結婚してください、一緒に住んでください、って。

えええ? と彼女は驚いた顔をしたけれど、そんなのもう見ている余裕は僕にはなかった。今はとりあえず別れずに済んだことだけを、いつも通りの日常を精一杯抱きしめることしか。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2014/06/10 07:00 | momou | No Comments