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2014/04/21

m268

恋がしたい恋がしたい恋がしたい。

最近脳内でエンドレスリピートし続ける呪文を気づけばまた唱えていた、恋がしたい。ときめいたりはにかんだり甘酸っぱい想いをしてみたい。これは春先になると私が必ず罹患する病のひとつだ。恋がしたい恋がしたい。想うだけでは一向にどうにもならないことと知りながら、ずり下がりそうになる眼鏡の蔓に指を掛けて押し上げた。

 

恋人がいない時期のほうがいた期間よりも長くなって、既に数年。

その間に私はぱっとしない田舎の国立大学を卒業し、学生課で紹介してもらった製造メーカーに就職し、既にお局の域に達している。うちは女子の給料がバカみたいに安いので、女の子たちは直ぐに見切りをつけて転職するか、結婚して働き続けるかの2択を就職早々に迫られるからだ。自分より若い子がさっさと寿退社やパートタイムに転向するなか、私は淡々と毎日同じような伝票の処理をし電話を受けてメモを書きコピーの詰まりを直したりする日々を続けている。やりがいは特に、ない。安定していることだけが取り柄の仕事だ。

それが嫌ならさっさと転職すればよかったのに、それをしなかったのはあいつのせいだよなあ、とため息をついた視線の先には綺麗に禿げた頭があって、今日もうららかな日差しを浴びて温かそうに光を放っている。

――あれで、同じ年。

二代目になる当社の社長は、唯一私の同期にあたる。入社式の時やけにどんくさい奴だと思ったら、なんと社長の息子だった。最初に靴ひもがほどけているのを指摘してやったのがいけなかったのか、以来何かと事あるごとに私を頼ってくる。頼られれば悪い気はしないので、ついおせっかいを焼いてしまう。辞めようと思ったこともないではないが、私がいなかったらこいつはどうなるのだろうかと思うと不安になって辞められなかった。正直なところ私がいなくたって誰かは世話を焼くのだろうと思うのだけれど、年嵩の社員にとっては息子扱い、後輩からは社長社長と扱われる姿はどうにも居心地が悪そうで、救いを求めるような視線を感じると私のほうが居たたまれない。

春と言えば出会いの季節であるようなのだが、いつの間にか私は社長のお守係と目されており、新入社員は敬遠してかいっこうに近寄ってこない。花の独身、来るもの拒まずの32歳だと云うのに! せめて飲み会に誘えと念じてみても、ひ弱な動物を思わせる男の子達はそそくさと逃げていく。

ああ、恋がしたい。一生に一度でいい、燃えるような恋がしてみたい。

……視線はつい、柔らかな春の花が咲く窓辺に向く。するときれいな後頭部が目に入る。にこっ、と笑われる。あれを恋とは言わないよなあと思いながら、彼から先日受けたプロポーズを思い出して、私は贅沢なため息をついた。まあいいか。
恋は実らなかったが、愛ならこれから手に入るらしいから。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

 

2014/04/21 09:02 | momou | No Comments