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2014/02/20

ここ最近は大きな本番もなく、大学の校友会総会後の宴会で歌を披露させていただいたり

50期近く先輩の方々の創立された合唱団や、学生時代に所属していた合唱団のOBOG合唱団の催しに顔を出させていただいたり、校友の世界で歌わせていただく機会に恵まれている。

校友の先輩方がいらっしゃる合唱団では、学生時代から嗜んでいた合唱を社会人になっても続ける、そして、定年退職をなさった後も歌い続けるという先輩方のお姿を拝見しながらご一緒させていただいている。

そんな中、ふと思うことがちらほらあるので、自分の中で整理をするためにもしばらく合唱を話題にしようと思う。

まず、私の中での「合唱」とは教会などでミサを歌ったりするイメージではなく、中学校の校内合唱コンクールで皆さんが歌ってきたような声部が3、4と分かれていて、歌詞に共感しパートごとの掛け合いや和音に酔いしれ、1音1フレーズに身体をよじらせながら響きの中を漂う、

いかにも「今青春!仲間たちの呼吸を今まさに感じているぜ、お前らこれからも大好きだ!一人として欠けちゃいけねぇ!」と歌っている瞬間感じるのが「合唱」と呼ぶ。

年末よく催される第九を何百人で大合唱!やオペラなどの民衆役、いわゆるアンサンブルは私の中で位置づける「合唱」とは少し違うものだ。楽譜は同じなのに、何か違う。

話題にしたいのはその前者、青春的な合唱。

まず、私が合唱にのめりこんだのは忘れもしない中学生。

うたは個人的に児童劇団のクラスを受講していたりと大好きだったが、ポップスでも演歌でも声楽でもない「合唱」というものにハマってしまった。

母に「合唱していて、何が幸せ?」と尋ねられたことがあるが

「(私はソプラノだった故)厚みのある和音の上をスイーと泳ぐように乗る、またはかき分けながらそこでピアノのキラキラした何から降ってきて、また声の和音に私はふわぁっと包み込まれてあぁ幸せ、パチクリてなるの!」と答えたらしい。

このセリフを母はずっと覚えていて、大学合唱団に所属していたときに幹事学年に上がる年、方針案でもめて悩んでいた私に「あんたこんなこと言ってたんだよ?その気持ちは今の合唱団にいて感じてるの?」と質問してくれたことがある。

正直、感じてはいなかったが、そもそもの私自身が掲げる「合唱の魅力」というものを「本当の合唱の魅力」というものを後輩たちに同期たちに伝えなくては!と気持ちを立て直したのだった。

今、お手伝いで歌わせていただいてる合唱団はアットホームで和気あいあい。
愛好者として合唱するにも、セミプロとして活動する合唱団にしても
まずその環境にいて「青春」を感じるかどうかが続ける秘訣だと私は考える。
いくら音楽が美しく演奏できる団体だったとしても、音楽は人間そのものが創るものだからその環境の人間を信頼しあう、それこそが合唱団に所属し伝い続ける、ということなのだ。
ふわぁっと包みこむものは「大好きな人たちの歌声でできた柔らかいなにか」

あくまでも、「愛好家」として歌う、私の合唱を愛する心。
プロとして声楽家としては?と自問自答は続く。

2014/02/20 11:23 | uika | No Comments