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2013/10/17

221_1

 

 

森の中をゆっくりとゆっくりと、

木の枝が動きだしていた、

ナラの木の枝を小振りにして、

しかも上下逆さまにした枝が、

森の中を、

ゆっくりゆっくり動きだしていた

足音さえ聞き取れない、

私の目の前を、

大きな角を持った日本鹿が、

谷の方から現れて、

私の山小屋の敷地を通り、

ゆっくりとゆっくりと、

杉林の中へと消えていった、

私は椅子に座ったまま、

身動き一つすることも出来ず、

ただただ見続けていた、

森は陽の出前の青い空気の中でまどろみ、

総ての生き物はまだ眠りの旅をしていた、

 

森が夜に別れを告白すると、

森は黒の世界から白の世界に変わり始め、

次第に青い空気に森が染まり始まった、

私は窓の外でそんな朝が生まれるのを、

ベッドの中から見続けていた、

誰も起こさないように静かにベットを抜け出て、

まだ暗いリビングを通り抜けると、

先程まで皆で笑いながら飲んでいたかのように、

テーブルの上にはビールの空き缶と、

食べ残しの料理が残っていた、

チーズを一切れ口の中に入れ、

青い空気で包みこまれた森の扉を開けた、

森の生き物たちはまだ眠りの中にいる静かな森に触れると、

全身が浄化されていくのを感じる、

自分の探している物がなんなのか、

自分の進もうとしている道がどこにあるのか、

昨日までの忙しいわがままな世界が嘘のように思えて来る、

この青い森に触れると、

それだけで幸せになれそうに思える、

朝陽もまだ起きない森の中、

自分の鼓動が今日も自分を生かそうと必死に動い続けている力を感じる、

昨日は確かここ数ヶ月刻み続けてきたた、

ベランダ屋根の丸太の梁を地上で仮組していた、

丸太は総て形状が違いしかも総て直線ではないので、

組み合わせが図面どうりにフィットするかを確認するために、

ホースと水を使い絶対水平を出し、

水糸で水平の直線を森の中に引き、

図面どうりに総ての丸太を組み合わせていた、

9本の丸太の梁の先端が奇麗な曲線を描くように、

丸太一本一本を削り込みながら、

森の中に奇麗な曲線を描き続けていた、

どこか自分が興奮しているのか、

昨日仮組したベランダ屋根の梁の奇麗な曲線が見たくて、

今日は陽の出前に起きてしまった、

椅子を取り出し、

仮組した屋根の梁の前に座り、

ここ数ヶ月のイメージが、

奇麗な曲線となって目の前に描かれているのを見ていると、

心がワクワクして、

いつまでも見ていても飽きる事が無い、

次第に身体が冷え始まった、

そんな時、

私の目の前を日本鹿が動き出した、

ベランダ屋根の仮組した向こう側のほんの数メートルのところを、

日本鹿がゆっくりとゆっくりと歩き出した、

森の総てを知りつくしたせいなのだろうか、

足音もたてずに、

ゆっくりとゆっくりと、

私の目の前を通り過ぎている、

私は息を凝らし身動きすることもできず目だけで追っている、

私がここにいることに気がついているのか、

私がいることなんかどうでも良いと思っているのか、

ただ足音もさせず、

ゆっくりとゆっくりと、

私の前を通り過ぎて行く、

私は日本鹿に認められたのかもしれない、

森にいることを許されたのかもしれない、

そう思うと嬉しくて動けなかった、

鹿は私の前を通り過ぎると杉林の中に入り、

丘を下り小川を越えて遠くの急斜面を音もたてずに登って行った、

朝陽の昇る前の青く染まった森の中で、

起きていたのは、

私と私の前を通り過ぎていった、

日本鹿かもしれない。

 

 

 

221_2

 

 

私は作業着に着替え、

コーヒーを飲みながら、

音をたてないように作業をしていると、

家族が起きだした音が山小屋の中から聞こえて来た、

愛犬ロッティが元気よく扉を開けて飛び出して、

私を見つけるなり尻尾を振り始めた、

私は作業する手を止めて、

ロッティを連れて先程まで日本鹿が歩いていたところに来ると、

ロッティは地面の臭いを嗅ぎ、

首を高く持ち上げて遠くから運ばれて来る臭いを嗅ぎ始めた、

そして杉林の中に私が入ろうとすると、

ロッティは後ずさりしながら決して杉林の中には入ろうとしなかった、

私は一人、

朝陽のあたり始めた杉林の中を、

日本鹿が通った後を辿ってみた、

杉林の丘の頂上で振り返ると、

朝陽に照らされた山小屋が、

森の中に見えた、

私は本当に感動していたのかもしれない、

あの青い森で、

カメラはすぐ側にあったはずなのに、

写真なんか撮らずに、

ただいつまでも私の前を通り過ぎる日本鹿を見ていた、

きみがどこから現れて、

きみが進もうとしている道が°、

どこにあるのか知りたくて。

2013/10/17 01:58 | watanabe | No Comments