« 正方形の宇宙空間 | Home | 夏休みは作り出そう! »
地球の舳先から vol.284
キューバ準備編
「お盆休み、里帰りしていいですか」
転職した初日、エラい人にそう聞いた。
笑顔でひらひらと手を振られ、わたしは仮予約の航空券にGOをかけた。
ゆき先は、トロント経由、ハバナ。
10年間付き合ったパスポートの最初と最後はこの国、と決めていた。
ほとんど10年前、わたしがはじめて暮らした外国。
キューバ、難儀な国。
いまだ社会主義で、マイアミまで頑張れば泳げる距離の米国とは絶縁状態。
しかし東部にはキューバ革命前に永久租借を認めた米軍基地が置かれ
いまも世界一危ない(と米国が考える)テロリストが収容されている。
軍服を着た最高指導者は医療と教育を完全無償化し、配給制度を整備したものの
自給率は低く、ベネズエラの石油支援に頼りっぱなしで国が成り立っている(のか?)。
当然、働かない若者は増え続け、昼間から遊んでいる姿は首都の風物詩にすらなりつつある。
一方、世界中に3万人以上の医師を派遣している医療大国でもある。
テレビ、国営2チャンネル。(北野武、英雄。)
インターネット禁止、ようやく今年になって多少緩和。
国民の「平均」結婚回数、3~4回。
ソ連が崩壊しても、この国は生き延びた。
それが延命でしかなかったとしても、だ。
だから、「フィデル後」のキューバを見てみたい、と思った。
当時、炎天下で7時間も8時間も演説するフィデルを見ながら
10年後、その光景を見に来よう、と思った。
10年経ったが、「フィデル後」はまだ来ていない。
一説に600回超ともいわれるCIAによる暗殺計画をかわし続けた
策士かつ強運の持ち主は、今年、御年87歳を迎える。
手配をすすめながら、この国の遠さを改めて思った。
アクセスそのものは、至極便利になっている。
10年前は、太平洋を渡っていくならアメリカのどこかで1泊し、
さらにメキシコ経由でハバナ入りと、2日間は移動にかかった。
いまやトロント便で同日到着が可能だという。
入国には、ビザというか、ツーリストカードというものが必要なのだが
「申請書はウェブサイトからダウンロードしろ」という割に
領事館のページはずっと死んでおり、仕方なく代理店に代行を頼む。
意外とグルなんじゃないかと、勘繰ったりする。
新たなルールとして、保険に加入することが入国の条件となっていた。
当然だが米国資本の会社はNG。おかげさまで
「御社はアメリカ系の会社ですか」
「お客さまご質問の意味がわかりかねます」
「わたしはキューバという国へ行くんですが保険の加入が入国条件で
しかしキューバという国はアメリカと国交断絶しているので
米国系の会社では駄目なのです」
と、さも危ない国に行くかのような説明を保険会社のお姉さんにする羽目になる。
…やっぱり、遠い。
しかしここがわたしの原点であることも事実だった。
このコラムのタイトルになっている「地球の舳先から」というのも、
もともとは留学時代にわたしが送った私信を受け取った友人が
自分のWebサイトにコンテンツとして公開してくれたのだが
そのシリーズのために命名したものだった。
10年、旅をして、舳先から、ものを書き続けてきた。
おそらくは多くの人が選ばないであろう、旅のTIPSとしてはまるで
役に立たないことを、たぶんただ自分の五感を整理し直すために。
あの頃、キューバへ持ち込んだカメラには、まだフィルムを詰めていた。
いつもの行き先とは違う。
事前にものを調べるにも、日本から段取りを予約しておく事もほとんど困難だった。
身ひとつで、「行ってみる」しかない。
あの頃、1年住むつもりでよくわからない国に「行ってみた」わたしの
軽やかさは、どんな信条がなせるわざだったのだろう。
きっと、漠然と、「何か」を信じていたのだ。
遠くへ来たのは、わたし自身のほうなのかもしれなかった。