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2013/06/24

散歩から戻って、郵便受けを開けた。
様々な請求書に混じって、古風な封筒が入っていた。
ぷんと白檀の香りが漂ってきたように思えた。

部屋に入って、私は期待と恐れを胸に抱きながら、
その古風な封筒を開いた。
差出人はあの人だった。
奥ゆかしい時候の挨拶に続いて、
あの日、あの町におられましたか?とあった。

神社での一件はともかくとして、
帰りがけに見た、列車から降りてきた着物の女性は、
やはりあの人だったに違いない。
きっと駅に着いた時、列車の中から見えていたのだろう。
しかし、そうでないことが、その先を読むとわかった。

あの人は、町の中で何度か、そしてあの神社でも、
私の姿を見かけたのだという。
私は背筋に冷たいものを感じた。
この手紙の送り主は、私の見た、どのあの人だったのだろう?
着いた時に駅で感じた姿なのか、荒物屋にいた姿なのか、
はたまた・・・これはあるまい・・・神社での姿なのか。
何故ないかといえば、神社での姿は、
はっきり私を認め、関わりを持とうとする姿だったからだ。
その上でこんな手紙を寄越したりはしないだろう。

私の姿とどのように関わったのか、
具体的なことは書かれていなかった。
簡潔な手紙であったが、その簡潔さが不気味であった。
私は不気味さに耐えきれず、手紙を持ったまま再び家を出た。

さっき来たばかりの公園だが、またベンチに腰を下ろした。
今度の物思いは夕飯のことなどではなかった。
この薄気味の悪いことなのは言うまでもあるまい。
ふと目を落とすと、また和紙の便箋が足にまとわりついていた。
今日我が家に届いた手紙は手に持っている。
私は、すでに足下の便箋の内容がわかっていた。
あの日の礼状だ。
拾い上げると案の定・・・。

私はあることを思い立って、友人宅を訪れた。
彼は警察に顔が利く。
二つの手紙を筆跡鑑定してもらうことにしたのだ。
結果は程なくして届いた。
筆跡も筆圧も、同一人物のものに間違いはない、とのこと。
私はその二つの手紙を持って、あの人の家を訪ねた。
もちろん、女一人の家に上り込むのは憚られたから、
近くの喫茶店へ連れ出して最近届いた手紙の方を見せた。

しばらく手紙を読む時間を与えた後、
この手紙をいただきましたが、と切り出すと、
遮るように、私はこの手紙をお送りしておりませんし、
その町へ行ったこともありません、
何かのお間違いではないでしょうか、と答えた。
その表情を見る限り、嘘をついているようには見えなかったが、
一応、証拠の品として、拾った方の手紙を出した。
そして、筆跡鑑定の結果、同一人物の手によるもの、
という結果が出たことを伝えた。

その礼状について、あの人は説明をしてくれた。
私が届けた後、再び新しい封筒に入れて投函したのだそうだ。
自分には封筒に差出人を書く習慣がなく、
中身が相手に届いていなければ今の住所が伝わらないからである。
私に届いた手紙にも、やはり封筒に差出人は書いていなかった。

そしてあの人が言うには、その日はこのあたりで買い物をしており、
しかも今いるこの喫茶店で1時間ばかり過ごした、とのこと。
早速店主を呼んで尋ねてみたが、それは本当だった。
目の前の八百屋でも訊いてみてほしい、と言うので、
訊いてみたらやはりそれも本当だった。
つまり、アリバイは完全に成立する。

彼女自身、あまりにも不思議で気味悪く感じたらしく、
私が調査のため、スマホで写真を撮らせてくれるよう頼むと、
快く応じてくれた。
そして、瓜二つの肉親や親戚などがいないか尋ねると、
それは誰もいない、とのことであった。

私はすぐにあの町へ向かった。
神社へ向かう道々、数人の人にあの人の写真を見せて、
この人があの日、ここへ来たかを尋ねたが、
道行く人で知っている者はいなかった。
神社の手前の荒物屋で尋ねてみたら、
店主は見た、とはっきり答えた。

神社の階段を上り、宮司を尋ねた。
わけを話し、写真を見せると、
ええ、お越しになりました、と断言した。
やはりあの日、あの人はここにいたのだ。
宮司は溜息を一つつくと、
やはりあなたは来られましたねえ、と呟くように言った。

どういうことです?と私は尋ねた。
あなた方は、親戚付き合いこそないが、
実は血縁関係にはあるのですよ、と宮司。

詳しくは省くが、このようなことがあったのだそうだ。
私の祖母方4代前の男子が、あの人の祖母方4代前の女性を
強姦したとのこと。
加害者たる私の祖先はこの町にいられなくなり、
現在祖母の実家がある町へ移り住んだが、
被害者たる女性もその一度の強姦被害で子を宿し、
堕胎もままならず、そのまま産み、
かえって後ろ指を指されることになってやはりいられなくなり、
子供を抱えて出て行ったとのことだった。

私はこの町を出たが、そのまま帰宅する気にもなれず、
2日ばかり途中の温泉で気持ちを落ち着け、
しかし、暗澹たる気分で我が家にたどり着いた。
何という因縁があるのだろう・・・。
郵便受けには数日分の郵便が溜まっていたが、
その中に、その手紙はあった。
間違いない、古風な、そして差出人の書いていない封筒だった。
私は郵便の束を握りしめ、部屋に入って行った。

2013/06/24 04:38 | bonchi | No Comments