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2013/06/22

扉を出ていく葵さんの背を見送って、スージーママはおもむろにくきくきと肩を鳴らした。

さて今日はどうしようかしら。

自分の定位置であるカウンターの中に入って、ママは店内を眺め渡した。ようやく手に入れた自分の城は、最近まあまあ満足のいく形になってきた。女の子も黒服たちも自分で選んだのだから当然のこと可愛いし、みんな陰ひなたなく働いてくれている。自分のサポートには気心の知れた凪子さんがついているし、お金周りは店長がきちんと管理してくれている。だからママは心穏やかに好きな酒を呑んで、好きな話をしていれば一日が穏やかに過ぎていく。

着物が板についてきて、ママとして周囲に接することも慣れた。会社勤めをしていたころが夢みたいにママは毎日が楽しくて仕方ない。時差のせいで時間を問わず掛かってくる電話を受け、ひっきりなしに入るメールをちぎっては投げ、くたくたになって布団にもぐるあの日々をときどきママは懐かしい記憶として思いだす。
あと、結婚していた時のことも。

現在は独身のママは、恋人がたくさんいる。お店では秘密だけれど男の子たちは全員ママの恋人だし、というか可愛いツバメちゃんたちで、ママが疲れていると察するとさっと寄ってきて甘いお酒を注いでくれる。唯一の例外が小間使いなのだけど、あの子は秋葉原で拾ったのだから他の黒服と一緒にしてはかわいそうというものだ。

「ただいま戻りました―」

噂をすれば影。そういえばさっき店長がお酒の買い出しを頼んでいたっけと思いだし、ママは笑顔で品物を受け取る。機嫌がいいのでお釣りの500円を小間使いにあげてボトルを確かめ棚に並べた。ああそうだ、このお酒はあの人が好きな銘柄だ。甘酸っぱい恋の記憶を思い出し、ママは知らないうちに笑っている。

「あの、どうかしましたか」
「どうもしない。ねえ、」

もうすぐ七夕が来るのよと言ったら、案の定小間使いはきょとんとした顔をした。

「はあ、それがどうしましたか」
「鈍いわねえ。七夕って言ったら年に一回願いがかなう日じゃないの」

ママはどこか夢見るような瞳で顔を輝かせる。隣で含めるように頬笑む凪子さんの視線を感じ、小間使いもやっと得心する。ママは昔ものすごく好きだった人がいて、その人を待つためにこの店を始めたそうだ。この話はママの十八番で、酔うと必ず口にする。

「その人、来るといいですね」

だから小間使いはいつものとおり、同じ言葉を口にする。口にしながら、来るといいな、とほんの少し本気で思う。なにしろ七夕なのだ。願いを掛ければ叶うと云うその日くらい、

夢が現実になってもいいではないか?

開店を控え、お店には気を利かした店長がメロウな曲調のシャンソンを流す。それを知らずに口ずさんで、ママはもうじき叶う夢を楽しみに待っている。(連作/夜に咲く花 おしまい)

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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん

2013/06/22 12:00 | momou | No Comments