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2013/05/25

前回の
「僕のジャグリング史」の「屈辱の3年間」で語った、
「ジャグリングに対して真剣に取り組むことを決意した」のは2007年の11月のことです。

時系列が前後しますが、
今は世界中でパフォーマンスを行なっている謳歌くん(※当時は別の芸名でした)と
ガッツリ夜話し込んで「ルーチンの組み方とは」ということについて深く語り合う機会があったことと、
また、この頃、自分自身の「技」について、これまでのシガーボックスには無かった見せ方を開拓できていました。

実は、この時既に「下地」については出来上がっていたんですね。
当時そういう意識は無くて、今振り返ってみると、ですが。

「本番に弱い」僕が少しでも舞台を経験するためにはどうしたらいいだろうか?

それはやはり、実践あるのみ。人前でやるということです。

人前で出来る機会は、目標をJJF2008のチャンピオンシップと設定すると、
2008年3月のじゃぐなぎ杯(僕の所属するサークルの主催する大会)、2008年5月の母校の大学の学祭、2008年7月の会社の夏祭りの3回。
これでは足りないので、色々なサークルを回って本番さながらにルーチンを見せる機会を作ってもらう。

演目も一新しました。
(この演技こそ、2011年のJunk Stageの舞台で披露したものなんですね:笑)

少しだけこの演目を作ったとき、どういう形で作ったのかを語ります。

演目のテーマとしては、「笑いの神が降りてきても大丈夫な演目にする」
まあ、「キャラにあった演技をする」と言い換えるとわかりやすいと思いますが、
キャラに似合わず、好きな曲がどっちかというとクール系の曲だったので、それまではクールな演技をしていた(なっていたかどうかは別)のですが、曲目も元気なものにして、とにかく元気よくやろうとしました。
やっぱり、やっている最中に自分を押さえ込まず、元気にやるのがあっていたようですね。

それから、大技を入れすぎないこと。
それまで、とにかく大技をたくさん入れて無理やり盛り上げようとしていましたが、
当然大技は失敗率が高いですから、「ここぞ」という時にだけ大技を持ってきて、
小技でつなぐところや、何も技をやらないところを作り、高難易度の技を連発しない。失敗を減らせるような構成を心掛けました。
難易度的な視点で見れば、それまでの僕とは違い、比較的難易度を抑えたものになっていたと思います。
(それでも、当時は4つのシガーボックスをやっている人はほぼ皆無だったため、初見で盛り上がる技の存在はあるということの確信はありました。)

道具を落としたときに、舞台の下まで落ちないように(これまで2回ほどありました)するための工夫について。
その演技には、最初に多くの箱を扱ったバランス技をやるパートがあり、
そのパートを終えた後、その使った箱を床に置くのですが、この置いた箱より前で演技をしないようにすること。
たったこれだけで、舞台からシガーボックスを落とすことが0になりました。
(※練習中も、「この線までが舞台」のように意識しながら練習していました。)

それ以外にも工夫したことはあるのですが、
まあ特別に書いておきたいことはこれくらいでしょうか。

この演技を練習するときも、
「今日はどの技をミスしたのか」ということの統計を取り、
エクセルで集計を取る事にしました。
意外な技でミスが多いこともわかったりしましたが、そうやってミスの多い技をやる前には
少し気合を入れるようにしたり。

当時は寮生活でしたが、
寮に「共同部屋」という、誰も使っていない部屋があり、晩御飯を食べる前に必ず練習をするようにしたこと。
寮のご飯は21時までしか提供されないので、
20時に家に帰ってきたら急いで練習してお風呂に入ってから食事をする、という感じの生活習慣が
知らず知らずのうちについていたといういい効果もありました。

練習をしていてある日気がついたのですが、
それまで1回演技を通すだけでぜえぜえ言っていて、2回目をやるまでに大分ぜえぜえ言っていて
1日に通せる回数は2回が限界だったのですが、
ある日、1回終わってもぜんぜん疲れていないことに気がついたんです。
そりゃあ息はあがっていましたけど。

そのとき気がつきましたね。「体重が減ったからだ」と。

……いや、もしかしたら単に体力がついただけなのかもしれないと思いなおしもしましたが、
「そういう思い込みをしてもいいよな」と思い、この時期本当に体重が減りました。15kgほど。

この時は、大学の学祭に行ったときも、後輩に「見違えましたよ……」といわれるくらい減量に成功したものです(遠い目)

流石に3月のじゃぐなぎ杯で披露したときにはまだ完成度も高い状態ではなかったのですが、
5月の大学の学祭で披露したときには大分仕上がった状態で披露でき、納得のいく演技であったと思います。
また、7月の会社の夏祭りで披露したときは、ものすごい大風で、ミスこそあったものの、
最後まで集中力を切らさず、演技も崩れずにできたので、それもまた逆に自信につながりました。

自分のサークルでもサークル員が見飽きるくらい見てもらったものです(笑)
さらに、近隣のサークルや突発練習会に足を運び、披露させてもらう機会を作ってもらいました。

名古屋で身内に見てもらった回ではノードロップ(※一度も落とさないで演技を終えること)を達成。
静岡市のサークルでは、かつてからすごくお世話になっていた方に見てもらい、
「なんか、異次元のものを見てしまったような気がする」という言葉をもらう事でさらに自信をつけます。

この年もビデオ予選でして、
ビデオの前でノードロップで終わらせるのは絶対条件だ……と思っていましたが、
6月の段階で既にノードロップで演技を終了させたものが撮影できており、
しかも、その後も何度かビデオの前でノードロップを達成したため、
「ノードロップの演技の中から一番映りが良いものを選んで提出できる」ということができました。

思えば、前の年は、ビデオを撮影できる期間が短かったとはいえ、
最終的に提出したビデオは2ドロップしたものでして、「それが一番できがよかった」わけですから、
そりゃあ「練習不足」と言われるわ。

予選のビデオを提出した後は、
ややモチベーションがダウンしたものの(※予選に通過したかどうかの発表はすぐには無いため)
一日に平均2回の通しは欠かさず行なっていました。
(ちなみに、まったく関係ない話ですが、この頃ゲームセンターのトレーディングカードゲームにはまりました:笑)

その頃になると、ドロップ回数もだいぶ減っており、少し余裕が出来たというのもあるんだと思います。

正直、ここまで練習をしたんだから予選通過はもとより、優勝も狙えるんではないかと思い込んでいたのも事実です。

メールにて予選通過者が送られてきました。

僕の名前が入っていたことも確認しましたが、それよりも、他の予選通過者の名前に戦慄したものです。

この前の年のJJFゲストパフォーマーであるKomei Aokiを筆頭に、
同年代のジャグラーであり、2001年に僕が初めてJJFに出場したときに2位を獲得している佐藤さん、
2006年、僕がJJFの予選に落選した年、シガーボックスで3位入賞を果たしているウイトウ君、
大学の後輩であり、成長著しいシガーボックス使い、大回転古谷、
当時から「やばい高校生がいる」という噂だった浦和新くん。

メンバーを見ながら、ぞくぞくした記憶があります。

それと同時に、「こうでなければ面白くない!」とも思ったものです。

不安こそありましたが、
ずっと集計してきたExcelの、これまで300回近く通してきた演技の「平均ドロップ回数」の値が2.000749回となっていることをしっかりと見返し、
堂々と演技をすればよいということを確認してJJFin神戸へと足を運びました。

因みに、その時に使ったExcelで作成したグラフがこちら。

これは全体の合計でしかありませんが、
これ以外にも失敗した個所を技別に集計したグラフや、体重の変化のグラフ(笑)なんかもありました。

2013/05/25 12:00 | ryuhan | No Comments