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2013/05/17

皆さん、おはようございます。
まずご報告があります。
正式なコンサートのタイトルを決定しました。
場所の性質を勘案して、少々変更を致しました。

題して「連作歌曲集~恋といふもの 今昔物語」

ただし、ここでは仮題としておりました、
「吾輩の恋と連作歌曲集」ということでお話を進めていきます。
結局やることは何も変わらないわけですし、
つまるところこの題の通りのことを歌い、
詩作して進めていくことになりますので。
また、実際のコンサートの中で、
「またの名を」という名目で
「吾輩の恋と連作歌曲集」という言葉を用いて説明致します。
まあ、副題のようなものにするとお考えください。

さて、それでは一つ一つの曲を考えていきましょう。

「水車小屋」のNo.3とNo,4とは、
どちらも小川というものに対して、
「君が導いてくれたのはそのためだったんだね」
という言葉を述べることになるのですが、
No.3は気持ちの良い職場を得ることができたことについて、
No.4では、その職場に自分のハートを持って行かれるような、
美しい娘がいたことについて、
「そのためだったんだね」と納得する見解を述べているのです。

誰か・・しかも人間以外の誰かに向かって、
「そのためだったんだね。君が導いてくれたんだね。」
そういうコメントをしたくなるような、
運命を感じる出会いというものは誰しもあるものです。
我々でもそうです。
オペラなど、仕事現場での出会いも多いものですが、
そういう仕事はオーディションで得るのであれ、
友人知人の紹介で得るのであれ、
そこには「運」というものが働いています。
あの時あれがなければ、今の自分はない、
などということだらけで成り立っているのが、
私たちの人生というものでしょう。

後々それを幸運と呼ぶことになろうが、
災難と呼ぶことになろうが、
すべては縁で成り立っているのです。
マッチ箱サイズのオーディション広告が、
人間一人の運命を変えてしまうのですよ。

そしてターゲットの異性をみつけて、
我が身をどう考えられるかはそれぞれの性格によります。
自信を持って声をかけられる人、かけられない人、
そもそも自分に自信を持てる人、持てない人。
相手にどの部分を認めてもらいたいかも人によるでしょう。
No.5では仕事で認めてもらいたいが、自分の非力さに失望し、
到底相手の女性に認めてもらえないだろうと考えるのです。

仕事の後、親方を囲んでの集い。
ねぎらいの言葉をかける親方。
そして娘は挨拶をする。
「皆さん、おやすみなさい」
そう、「あなた、おやすみなさい」ではないのです。

恋の初期症状というやつでしょうが、
いや、初期に限らず、倦怠期でもなければ、
恋なんてものは不安とお付き合いしているようなものです。
下手すると、相手の異性よりも、不安の方が、
お付き合いする時間は長いでしょう。
根拠のないことに一喜一憂。
そりゃそうでしょう、そもそも恋に根拠はないのですから。

そして再び小川に語りかけるNo.6。
さんざん前置きをしてから発する言葉が、
「彼女は僕のこと、愛してくれるだろうか?」
傍目には何とも馬鹿げた長さの問答です。
しかし、私はその気持ちがよくわかります。
「彼女はどう思っている?」
「これからどうなる?」
自分でタロットカードを引いてみることすら、
恐ろしく思って委縮している自分がいるのですから。
無神論者でさえ神に祈りたくなる時です。

この4曲のプロセスというものは、
何度恋に落ちても経験することですし、
おそらくは恋する人は誰でも通る道だろうと思います。
そして、その1回1回が、その人にとって、
大変特別なことであるのです。

さて、このプロセスは4曲にとどめておきましょう。
時間も限られているわけですし、
何よりこの先のプロセスは私の心が悲鳴をあげてしまいます。

そこで、破局の後の思い出に意識を移してみたいと思います。
今ならメールでしょうが、
破局したあの人から、ひょっとしたら何か連絡があるかも、
いや、ひょっとしたらどこそこで出くわすかも。
そんな思いに駆られることがないとは申しません。
これまた根拠のない期待というものです。
破局する以前ですら、そんな期待が胸を苦しめるのですから、
ひょっとすると一生ものの煩悩かもしれませんね。
それが「冬の旅」No.13の郵便馬車なのです。

少し曲順が前後するのですが、
意図的にNo.11を後にもってきました。
この「春の夢」の前に朗読する詩は、
私の会心の作であると同時に、
私が朗読しようものならどうなるか、
一番不安になってしまう詩であります。
私、というより、男が朗読すると、
そう申し上げた方が良いでしょうかね。

ほわっとで「冬の旅」をする時は、
理解を助ける意味もあって、
半分以上の曲の前に、詩の朗読を入れます。
2009年版では、理解のための補助だったのですが、
2010年版では、前年朗読して下さった方の実力を買って、
大幅な書き直しをし、単なる理解の助けではなく、
かなりリアルな筋立てが見えてくるような、
サブストーリーともいえる詩を導入したのです。
その2010年版で投入した、
ある意味最も危ない、その人の朗読だけを前提に書いた詩。

ところが、2009年末、その人は不慮の交通事故で
亡くなられてしまいまして、
私の意図は幻のものとなってしまいました。
幸い代わりの人は見つかりましたが、
余人をしてこれが読めるのか、甚だ心配だったものの、
合わせの際に朗読してくれたのがピタッとはまり、
ピアニストは自然の力で然るべきテンポで前奏を弾くことができた。
そんな逸話のある詩と曲なんですよ、No.11は。
読んでるとドキドキする詩なんですが、
そんな状態で歌えるんでしょうか、No.11は?(笑)

さて、シューベルト最後の曲は、
おなじみの「セレナーデ」です。
「秘めやかに闇をぬう 我が調べ」という訳詩で知られるあれです。
皆さんよくご存知の曲だけに、まったくご存知でない作り方をします。
1番と2番では、テンポも変えます。
端正なドイツリート、というイメージで聴いておられると、
とてつもなくやんちゃな歌い方に聞こえるはずです。
乞うご期待(?)

そして最後は前回ご紹介したコラムに書いてある、
大阪に帰ってから書いた作品の中から、
「式子内親王」と「陽成院」の2曲を歌って、
2ステージ「詩人の恋」への橋渡しをして
1ステージを終わる予定です。

次回は「詩人の恋」について解説します。
今回の最後は「式子内親王」と「陽成院」の歌詞をご紹介して、
閉じることと致しましょう。

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらえば 忍ぶることの 弱りもぞする

筑波嶺の 峰より落つる 男女の川 恋ぞ積もりて 淵となりぬる

2013/05/17 12:48 | bonchi | No Comments