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これまで書いてきたとおり、新米の僕の仕事は網をばらしたり、パーツを作ったり、特殊な技術が無くても出来る内容をあてがってもらっていました。
この年は10年に一度という網の大改造で忙しく、他の先輩達も新人に仕事を教える余裕など無かったのです。
船頭も「今年は特別な年だからなぁ」といっていました。
しかし、網もばらしつくしパーツも作り終えてしまうといよいよ僕の仕事はなくなってきました。
先輩が網を修理しているところに待機していて、掃除しながらアバリという道具に糸をかけたり、呼ばれて網を引っ張ったり。
出来ることが余りに少なくて不甲斐なく悲しくなったものです。
そんなある日、親方から声がかかりました。
なにやら準備しています。
要らなくなった網が天井から吊るしてあり、糸がかかったアバリが渡されました。
「網をきよれないとこれから仕事にならないからな、練習しろ」と、網の目にはさみを入れて穴を作り始めます。
“網きより”というのは、網の穴をふさぐ修理のことです。
そして、「よくみてろよ」と穴の修理を始めました。
船頭からは「今年は網に触らせてやれないだろうなぁ」と言われていたので、新しい仕事が覚えられることが非常に嬉しかったのですが…。
「漁師の仕事は見て盗め」
これは、僕が転職前にいろいろな体験談を読んで、仕入れた漁師の文化でした。
実際、何人かの先輩達にも同じことを言われていました。
「オレが若かった頃は誰も仕事を教えてくれなかった。横目で見て盗んだもんだ」と。
それが、仕事中にわざわざ時間をとってもらって練習なんて、他の先輩達がどう思うだろうかと不安になってしまいました。
「さ、やってみろ」と親方は僕に声を掛けました。
当然うまくいきません。
道具の持ち方や糸の縛り方、全てが初めてです。
さらに、働いている先輩達の視線がこちらに集中しているのもわかりました。
「みんなどう思ってるのかな…」と不安が募ります。
親方は僕にぴったりとくっついて、親切に教えてくれます。
ぎこちないまでも、何とか穴を修理することが出来ました。
「よし、もっとやってみろ、少し穴を大きくするからな。」
緊張と不安で大汗をかきながら、なんとかこんとか練習を続けますが、どうも気持ちが落ち着きません。
とうとう耐え切れなくなって「あの、後は家で練習します」と親方に言いました。
親方の答えは、「いいからやれ、これが出来ないと仕事にならないんだ」でした。
もう、腹をくくって仕事が終わるまで一心不乱に練習を続けました。
少し安心したのは、仕事の合間を縫って他の先輩達も「ああだ、こうだ」と教えに来てくれたことです。
仕事が終わった後も少し残って練習をしました。
5,6人の先輩が周りを取り囲んで、親切にも「ああだ、こうだ」と教えてくれました。
基本は一緒ですがそれぞれに独特の癖があって、素人にとっては混乱を招くばかりだったのが困ったところでしたが。
家に帰るときに船頭に頼んで、要らない網の切れ端をもらいました。
家で練習してがっちり覚えなくては。
家に戻っても繰り返し練習を。
少し漁師に近づいたような気がして、練習も全然苦にはなりませんでした。