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2009/11/30

前回書いた、網きよりを習った話に関連して一つ。

自分が漁師に転職するときは、仕事を覚える事に関して相当厳しいのだろうなと覚悟していました。
怒鳴られたり、時には殴られるなんてこともあるんじゃなかろうか、そう思っていたのです。

しかし、少なくとも僕の体験ではそのようなことはありませんでした。
おおきな声で指示されることはありましたが、それは怒鳴られているというよりもハッパかけられている言ったほうが適切でした。
先輩に手を出されたことにいたっては皆無です。

転職当初、先輩方が「仕事は見て盗むもんだ」と繰り返し言っていた割には、ほぼ手取り足取りに近い感覚で教えてくれたりもしたものです。
これは親方の方針なのか、転職者という未知の初心者の扱い方に困った結果なのかはいまだによくわかりません。
ただ、一人の先輩が言っていたのは「今の時代は昔と違って、何でも怒鳴りつけておぼえさせればいいってもんじゃねぇんだ」という言葉です。
漁師の教育法も時代とともに変化しているということなのでしょうか。

しかし、僕は相当恵まれた環境の船に転職していった特殊な例なのかもしれません。
色々な体験記を読むと、相当きつい体験をしている転職者もいますので。

ただ、この一見優しい対応に裏があると気付いたのは、沖に出るようになってすぐのことでした。

沖では常にすばやさが求められます。
風、波、潮。
一日の中でも同じ状況が続くということはありません。
すばやく正確な仕事が求められるのです。
わずかなミスが怪我や死を招くというのは漁業においては大げさな表現ではないのです。

このような中で、10数人の中で力を発揮するというのは初心者にとっては難しいものです。
漁業においては、持ち場が決まっている仕事とそうでない仕事があります。
前者は操業などの日々の繰り返しの作業、後者は網入れや緊急時対応など臨機応変さが必要とされる仕事です。

僕の所属していた船では陸仕事が終わると網入れが始まります。
幸い基本的なロープワークなどは陸仕事のうちに身につけることが出来ます。
しかし、実際沖に出てみると、身につけた技術を使う場面に出くわしても先輩方がさっと仕事をしてしまいます。
沖では「おまえやってみろ」などという余裕は余り無いのです。
仮に隙を見て仕事に取り掛かっても、モチャモチャと時間がかかっていれば強引に仕事が奪われてしまいます。

その結果、僕は先輩方の後ろで居場所無く立ちつくすという経験を何度もすることになりました。
別にそのことに関して、先輩方は何かいうわけではありません。
彼らはただ、黙々と仕事をこなしてゆくだけです。

これにかまけて何もしないでいると、仕事が出来ない転職者のままでいるしかありません。
結局は、基本を何度も見えないところで練習して、沖で使えるすばやく正確な仕事の仕方は先輩から盗むしかないのです。
そして、時には先輩の仕事を奪う勢いで挟まっていって、ちょっとづつでも出来ることを見せて行かないと誰からも評価されないし、受け入れてもらえません。
結果、辞めてゆくか一生下っ端でいるか。それが末路なのです。

「積極的にチャンスを与えない、教えない」という教育法は研修などになれた僕にとっては戸惑いもありましたが、新鮮で遣り甲斐のあるものでありました。

2009/11/30 08:26 | shouei | No Comments