« どうやってトンガに行くの? | Home | タイヤ交換物語 »
地球の舳先から vol.273
イスラエル編 vol.8(全14回)
ゴラン高原のドライブを終えて、わたしはすでに100%満足していた。
あとは定番の観光地を巡りながらエルサレムへ帰る。
イスラエルの北半分をぐるっと国境沿いにゆく計算だ。
ティベリアスから南下し、死海を見ながら砂漠地帯へ。
一路、「マサダ」という、古代ローマ時代の要塞の遺跡へ向かう。
マサダはイスラエル観光の中でもエルサレムに次ぐ人気という。
あまり遺跡を見る趣味は無いのだが、知人の推薦もあり、さらに
ローマ軍に包囲されながら集団自決で戦に幕を閉じた記憶は
今なお四面楚歌状態に他国に囲まれるユダヤの人々には特別なものであるらしく
イスラエル国防軍の入隊式はいまだこの地で行われるのだという。
イスラエルの人々のメンタリティを理解することはまったくもって不可能だが、
そんな話を聞いて少し興味が湧き、立ち寄ることにしたのだった。
選挙を約2週間後に控え、幹線道路には所々にネタニヤフ首相の巨大ポスター。
「誰が勝つの?」と聞くと、ガイド兼ドライバーは「私は応援していないがネタニヤフだ」ときっぱり。
「そしたらテロ減る?」とKYに聞いてみたところ、「それはムスリムに聞け」と言われた。
わたしは決してアラブ人贔屓ではないのだが、なぜか結構イラッとした。
途中、「ヨハネがイエスに洗礼を授けた」というヨルダン川の聖地「ヤルデニット」に立ち寄る。
熱心な教徒たちはここで専門の白衣に着替えてこの川に入り、イエスの洗礼を追体験するというのだが、透明度の高い水には人間をなめているビーバーと、見るだけで総毛立つ巨大ナマズの大群がウヨウヨと泳いでいる。あんな中に身を沈められるなんて宗教とはなんて凄い威力をもつものなのだと恐怖を覚えた。
その川の水がパックされて5ドルで売っていたので、クリスチャンの会社の先輩にお土産で買った。ご利益は知らないが、レアであることだけは間違いないだろう。
「友達がクリスチャンで」と言うと「素晴らしい」と言われた。初めて褒められた。
(ヤルデニット。一見、きれいですけどね。いや、きれいだから生き物が大量に棲まうのか。)
バナナ畑の「キブツ」が立ち並ぶ道を走り続けると、緑豊かな高原の雰囲気とはうってかわって
砂漠地帯へ突入した。
ドライブインのような休憩所はノースリーブにサングラスをした人が
コップに汗をかいたグラスを傾け、ラクダが2頭、宙に視線を泳がせている。
どこだここは。
イスラエルのこの、少し走るだけで全く別の国になってしまったような多彩な光景は相当である。
整備された海岸線の道路はずっと左手に死海が広がっていた。
「本当に死海で浮遊体験をしないのか」と何度も聞かれ、「特に興味が無いです」というと
しきりに首を傾げていた。人の好みはそれぞれです。
途中、とても親切な旅行会社の担当者(彼はガイドではなくグランドスタッフなのだ)から、
ドライバーの携帯に電話が入った。
オールOKですか?と言うので、ホテルの礼を言い、すべて予定通りと伝えると
「ホントニダイジョウブデスカ?」と日本語が返ってきた。
本当に彼には三顧の礼をもってしてもまるで足りない。
この日も相変わらず、時間に余裕は無い。
わたしの行程が詰めすぎなのももちろんあるが、喋り始めると車の速度を半分に落とす彼のせいだと思う。
マサダへ着くと、その真夏っぷりにわたしは自分の服装を呪った。
出来る限りのものを脱ぎ、水と帽子を支給され、賄賂を握らせてショートカットする(ガイドが)。
この旅で二度目のロープウェイに乗り、天空の遺跡を見渡す位置に来た。
イスラエルの多くの博物館がそうなっているらしいのだが、まずビデオツアーによるオリエンテーションがあるのでわかりやすい。
マサダの遺跡は…広大な地上絵のようだった。
ローマ軍によって陥落したため建物はほぼ残ってはおらず、欠片と再現で想像を馳せる。
コロッセオのような広場には真新しい鉄パイプのセットが組まれていた。イベントなどが行われることもあるらしい。
どうせ軍事関係のイベントだろうと思ったのだが「音楽イベントとか」と言う。
……。
こんなところで野外フェスですか!イスラエル人!おかしいでしょ!
ここは、今も四面楚歌状態の祖国を憂い、「ノー・モア・マサダ」の精神で他国に蹂躙された忘れがたき記憶を次世代に刻む場所ではないのか。
少なくともわたしはそう聞いている。「地球の歩き方」にもそう書いてある。
だが、この地では色々なことが意味不明であるということに対する免疫はできてきていた。
そんなわけである意味では非常に面白かったマサダだが、どうもわたしの海外旅行における「城(寺)・美術館(博物館)・遺跡」という三大苦手はここでも変わらなかった。
「死海写本」という歴史的価値ある文書を見に、クムランというところへ行こう、とお誘いされたが断った。
バーターとして、延々とイスラエルの歴史を選民特別感たっぷりに聞かされ、クルマの速度は落ち、次の地までまた移動に時間がかかったのは言うまでもない。
つづく