« | Home | »

2013/03/04

地球の舳先から vol.267
イスラエル編 vol.2(全14回)

客引きに来たタクシーに、抵抗する気力も無く乗り込む。
一応料金の確認はしたが、まだ相場観も身についてはいない。
が、陽も傾き、よくわからない街で夜に一人さまよい歩くほどアホではない。

テルアビブの街はもっとギラギラギラギラしたところだと思っていたのだが
意外なまでに洗練されていない。
不自然に放置された区画、掘っ立て小屋のような建物、意外に多い有色人種…
貧しいという印象はさすがにないものの、あまり裕福でないアラブの国や
東南アジアを連想させる光景が窓の外に広がっている。

ただ、「人」はやはりかなり違っていた。
タクシーの運転手は完全に英語を話したし、オンライン予約サイトの住所が
間違っていてホテルの位置が不明になるとホテルに電話をかけてくれ、
まるでどこだかわからない住宅街の中でホテルのスタッフの迎えを待つ間も
「あとXXシェケルくれたら一緒に待っててやる」というので待ってもらった。

六芒星のステンドグラスがはまったホテルのオフィスにようやくたどりつくと
かわいらしいテーブルの上にコーヒーがサーブされた。
フロントのお姉さんは、サバサバした性格で頭の回転が速く、エリートの香りがぷんぷんする。
「入国スタンプが無いんだけど??」
「別紙に押されて、回収されました」
「何か他の紙とかなんか貰わなかった?」
「何も…」
「これじゃ入国の記録がないじゃない…あなた、スパイなの?」
「まさか(苦笑」
その口調がまるでわたしを責めるものではないので、こちらも緩む。

「ホントにスタンプ、搭乗券にも押されなかったの??入国審査のブースで」
「別室で、“インタビュー”受けてたから…」
「……ああ……。」
とたんに彼女の顔が曇り、同情顔になる。
「あの、そのスタンプがないと、わたしは今日ここに泊まれないんですか?」
「大丈夫よ。…本当に、嫌になるわね、セキュリティセキュリティって」
そう、彼女は、イスラエルという国に対して、腹を立てているのだ。
キューバや北朝鮮へ行ったことのあるわたしは、そんなに大声で国家に対して
不平不満を口にして公安警察的なものが飛んでこないだろうかと心配になってしまう。
「パラノイアックなのよ!この国は!」
…ヒィ。

しかしわたしはこれから先、たっぷりと思い知ることになる。
国家として恐怖政治を強いているわけではなく、「シオニズム」ひとつにとっても
イスラエル人で、この国に住む人の中にだって賛成の人もいれば当然反対の人もいる。
その両方が、思想や意見を発言することができ、活動することすら曲がりなりにも許され、
また違った意見であっても市民は一定の理解努力と、場合によっては敬意さえ受ける。
このあたりは、ひどく「アメリカ的」で、やはりとても凄いことだと思うのだ。

お姉さんは、年下の夫だか弟だかに顎で指示をしてわたしを部屋まで送らせた。
「コレ地図ね、右に曲がると、ビーチのほう。左に曲がるとレストランがいっぱいある。
 日本食のレストランがあってとても美味しいんだ、特に寿司とか!」
「やめてちょうだい、変なこと教えないで。彼、舌がおかしいのよ」
「あの、この時間、出歩いても安全?」
「まったく問題ないわ」

頼りないくらい大雑把な地図を手に、わたしは荷物を置いて外へ出た。
真っ暗だが、日本並みに外灯の明かりはある。
雨も降っていないのに配管の問題か浸水していたり、段ボールが積み上げてあったり。
標識はすべてヘブライ語でお手上げである。
帰り道を覚える自信はなかったので、曲がる回数を最小限にしてなんとか大通りに出た。
「ロスチャイルド通り」―ようやく英語併記の看板に出会う。幸運にも目抜き通りの一つだ。
瀟洒なお城のような建物と、夜でもかなりな量の人出。(冒頭の写真)
が、「地球の歩き方」に載っていたレストランはかなりな確率で閉店している…。

英語のメニューが外に出ている店を選んで入る。倍とはいわないが、物価も日本以上。
お酒でも飲んでリラックスしたかっただけで、そんなにお腹が空いてはいなかったので
シーザーサラダにワインを頼んだ。イスラエルのワインは質も良く最近注目されている。
入植、実効支配といったイスラエルの国策と、ワイン産業には切っても切れない
深い関係があるのだが、その話についてはまた今度。

ワインリストにも食べ物のリストにも、「コシェル」という表記が散見される。
コシェルとは、非常に厳格なユダヤ教徒の宗教上の食事ルール(カシュルート)に則った食事。
ヒレとうろこのない魚は食べるなとか(イカやエビ、貝もダメ)、「ヒヅメが分かれていて、反芻する」動物しか食べるなとか(牛、ヒツジ、鶏はOK、豚やウサギはダメ)、肉類の血抜きの方法にも決められた手順が存在する。
また肉料理と乳製品は一緒に食べないというルールもあり(つまりチーズバーガーも肉食後のカフェオレもアウト)、厳格には、同じテーブルに乗せるのもダメなら使った食器も一緒にしてはならないという事もあり、正統派ユダヤ教徒の家にはキッチンが2つあるのだという。
まったくイスラム教徒の「豚は食べません」がかわいいものに思えてくるではないか。


(あれ…このシーザーサラダ、思いっきり、ベーコンに、チーズかかってますけど…)

まあ、これをすべてのイスラエル人が実践しているかというと、そんな事は勿論ない。
そもそも、イスラエル人のすべてが「ユダヤ教徒」なわけではないし、ユダヤ教徒にも「超正統派」と呼ばれる人々を頂点に色々とレベルがあるのだ。
そして超正統派の人々は彼らのコミュニティの中やかなり限られた行動範囲で生活しているので、それでなくともあまり宗教の香りのしないテルアビブあたりでは、そうそう周りに過剰な気を使う必要もないようだった。

ただ、コシェルのワインなんぞを飲む機会などイスラエル以外ではほぼないだろう。
それまで散々チーズの乗ったサラダを食べたりとまるでユダヤ教徒ではなさそうなわたしが
何杯目かでコシェルのワインを頼んだので、ウェイターが怪訝な顔で聞き返してきた。
「…ホントに? 美味しくないよ?」
…ああ、そうですか…。で、確かに、乾いた味だった。
なんというか、液体に対して「乾いた」というのもおかしな表現なのだが
深みとか、まろやかさとか、香り高さとか、そういうものがまるでないようだった。
木の枝をかじっているみたい、というか…。

しかしほろ酔いのいい気分で、夜中近くなっても人出の絶えない街を歩き、宿へ戻った。
テルアビブはイスラエルの中でもかなり「自由」で特殊な地であると聞く。
滞在時間は非常に少なかったが、比較の意味でも立ち寄ってよかったと思った。

つづく

2013/03/04 08:00 | yuu | No Comments