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気が付いたら、手元がすっかり暗くなっていた。
つい集中しすぎてしまったらしい。凝った肩をまわしてから、立ち上がってスタンドを付け、コーヒーを淹れた。フリーになったお祝いにと貰った、最新式のコーヒーメーカーの湯気が目にしみて、袖口で目元をぬぐった。
向こうに鈍く光っているのはまだロウ付を終えた段階のリングだ。これからもっとも神経を使う切抜、研磨、そして仕上げの石のはめ込みが待っている。
これをはめるのはどんな女性だろう、と僕はつらつらと考えた。注文されたサイズは3号だった。華奢ではないけれど、きっと太ってもない。どんな髪型なのか、どんな服を好むのか?
この部屋の中からでは、想像の中の女性の顔は見えない。
デザインの専門学校を出て8年。
いつの間にか依頼を受けるようになっていた彫金の仕事が、今ではメインになってきていた。スタイリストからこんなデザインの指輪が欲しいと言われれば希望に沿ったものをつくり、オリジナルのアクセサリーを希望する個人からの制作の依頼もある。学生時代はオリジナリティに乏しいと評価された僕の作品は商業ベースでは「便利」ということになったらしく、こうした小さい仕事がちょくちょく入っては僕の生活を支えていた。
だから、僕は自分の作品を身につけている人を見たことがない。
基本的にクライアントとのやり取りはメールと宅急便だし、顔を合わせたとしても大半が男性だ。彼らは自分の大切な女性へのプレゼントとして僕に仕事を発注しているのだから、つけたところを見る機会はない。
いつか、自分の作ったアンクレットを嵌めた女性を見たいと思った。指輪をした指先を眺めてみたいと思った。そういう人たちで街が溢れたらいいと思った。けれどそれはやはり夢想だと言うことも知っていた。
まっさらな銅板に打ち込みをするとき、パーツをロウで付けていくとき、僕はいつも考える。
この指輪はどんな人のものになるんだろう。
いつか、それを僕は知りたかった。
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花言葉:高慢、乙女の夢
*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。