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ノーベル賞委員会は10月4日、ノーベル医学生理学賞を体外受精技術を開発したロバート・エドワーズ氏に贈ると発表した。
1978年に英国で世界初の体外受精児を誕生させた功績が認められた。(CNN)
同委員会は、体外受精の開発における同氏の貢献を「現代医学の発展の一里塚である」と評価。同氏の功績を受け、
これまでに約400万人の体外受精児が誕生したとし、現在、体外受精は世界の約10%のカップルに影響を与えていると述べた。
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このニュースを見て、78年の当時、私は、体外受精を「試験管ベービー」と呼んでいたことを思い出しました。
今、この言葉を使うと(聞くと)随分違和感を覚えますね。「体外受精」と言う言葉は、
21万人を超える子どもがその技術を使って生まれている日本では定着していると思う。
統計では、10組に1組程度の割合で、子どもが欲しくても、授かることができないとようです。
そういうカップルには、体外受精は最後の希望と言えます。
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体外受精で生まれる命もあれば、 守ってくれるはずの親に命を奪われる子どももいます。
日本では、3日に1人の割合で、親が子の命を奪っています。
(その原因や、「赤ちゃんポスト」については、またいつか書いてみたいと思っています)
一方、日本でも、年齢に関わらず移植を受けられるようになり、
臓器移植法の改正により、件数も増加しています。
私どものハウスの利用者さんの中にも、移植の方が増えてまいりました。
移植後の経過の良い方は、あっと言う間に退院されます。
今のところ、国内での小学生以下の子どもの移植手術の話は聞きませんが、
そのうちに、珍しい治療法ではなくなるかもしれません。
今までなら助からなかった命が、助かる場合もあれば、守ってくれる親に命を奪われる健康な子もいます。
命ってなんだろう。
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相変わらず、戦争は各地で起こっていて、そこでは子どもの死が当たり前の日常として存在しています。
戦闘行為で死ぬ子もいれば、誤爆などで死ぬ子もいるでしょうし、戦争がもたらす、飢えや貧困が原因で、
命を奪われる子もいるでしょう。
昨日の、NHKスペシャル「貧者の武器とロボット兵器」では、アメリカ軍のハイテク兵器が、アフガニスタンのテロ集団と
思われる人々を攻撃している姿が映し出されていました。きっと、子どももたくさん巻き添えになっているでしょうね。
少し前の数字ですが、イラク戦争では、03年からわずか3年間で65万人のイラク人が亡くなっています。
その中に、子どもの命もたくさん含まれているでしょう。
悲しく、重い数字です。
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臓器移植が始まって、移植を受けた患者さんとお話をさせて頂く中で、
「命ってなんだろう」と強く考えるようになりました。
本来なら生まれて来なかったと思われる命。
本来なら助からなかったと思われる命。
一方、本来ならまだ何の問題も無く、そこに存在していたはずの命。
きっと、私が死ぬまで考えても答えはでない。
ただ、最近ふと思うことがあります。
「天寿 」を決めるのは神ですが、その領域に人間が手出しするようになってから、
問題が増えたように思うのです。
命とは、もっと自然と密着したものであるはずなのに、私たちは何時からか、
本来持っていたヒトとして生きてゆくために予め用意されている力を、
手放してしまったと感じています。
そういう想いをもつようになってから、もうひとつ考えるようになりました。
そもそも、子ども(生命)はどこから来ているのか?
子を産むとはどういうことなのか?
この秋、この問いに答えのひとつをくれそうな映画があります。
玄牝(げんぴん)・・・http://www.genpin.net/
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体外受精や、代理母出産、卵子・精子提供による子どもの誕生も含め、
生まれてくる子ども達に私は、「生まれてきてくれてありがとう」と言いたい。
これからも、ずっと大切にしてゆきたいですね、その想い。