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2012/10/22

 

ピンと張りつめた秋の空気の中、

陽に照らされていると気持ち良いんだ、

草の香りがするよ、

土の香りが懐かしいな、

背筋を真直ぐにして、

首をこうして伸ばすと、

風の声が聞こえるよ、

 

ママが私の事をとっても好きだった事は知ってるよ、

私もママの事が大好きでたまらなかったんだ、

ママが腰に袋をくくり付けてその中にハサミや紐を入れると、

ママが小山のお庭で仕事を始めるって知ってたんだ、

私は庭で花を触っているママが好きで、

ママが庭に行く時はママの側から離れたくなかったんだ、

ママの側にいるだけで安心できたんだ、

でも、今日はなぜだかお庭にいるママの側に行く事が出来ないんだ、

少し歩くだけで心臓がドキドキし始めて苦しくなるんだ、

手も足も今日は動きがおかしいんだ、

まるで自分の身体じゃないみたいなんだ、

本当はママの側まで行きたかったんだけど、

今日はどうも駄目みたいなんだ、

今、丘の上までやっと歩いて来る事が出来たよ、

ここだったらママがお庭のどこにいても見えるしね、

そして時折、心配そうにママが私の方を向いて微笑んでくれるでしょ、

そんな時、ママは私の事好きなんだなって感じるんだ、

でも今日はとても身体がおかしいんだ、

私、ママの事が好きだよ、

ママのところまで走って行きたいのに、

身体が言う事を聞いてくれないんだ、

もう食事を取りたくなくなってからどれくらい経っただろうか、

いつもママが心配そうに私の顔をなでながら、

昔、私の大好きだったお肉を鼻の前に差し出してくれてたけど、

ママには悪いけど私食べる事を忘れたみたいなんだ、

そして誰かの声が風に乗って聞こえて来るんだ、

 

『もうあなたはそろそろ準備しなさいね、

その為にあなたはたとえ大好きなお肉が出されても、

決して食べてはいけません』

って聞こえて来るんだ!

『あなたはもう次の準備をしなければなりません』

って言うんだ!

 

だけど私はママが大好きだから、

ママが口から出してくれる唾だけは飲む事にしていたんだ、

それだったら誰かさんだってきっと許してくれるはずなんだ、

それでもママが、

私に唾を飲ませる振りをして、

その中にお肉を混ぜてるでしょ、

 

『ママ、そのお肉私に食べて欲しいの』

 

ってママの瞳に聞いてみると、

 

『ママはあなたにこのお肉食べて欲しいの、

だってこのままじゃあなたは死んじゃうよ、

こんなに痩せちゃって、ママ哀しいな!』

 

ってママの瞳が言うから、

私は誰かに見つからないように、

ママの口からこっそりそのお肉を食べていたんだけど、

ママ、それも今日はもう出来なくなったみたいなんだ、

 

『あなたは準備が出来ましたか、

そろそろ行く時間が来ましたよ』

ママ、風の声が聞こえるよ、

ママ、ごめんね、

ママが私の事を大好きな事は知ってるよ、

わたしもママの事が大好きだよ、

ママ、今庭にいるママの側まで行きたいんだけど、

私、今日は行けないみたい、

ごめんね、ママ

ママ、大好きだよ、

 

『ビッケちゃんどうしたの、

さっきからずっとママの事を見ていたけど、

やっとママ、お庭の仕事が終わったから、

一緒にお山のお家に戻ろうね、

あら、ビッケちゃんどうしたの、

歩けないの、

ママがだっこしてあげるから、

一緒にお家に帰りましょ、

ビッケちゃん、

ママはビッケちゃんの事が大好きだけど、

あなたもママの事が大好きでしょ、

ママ、昔から知ってたのよ』

 

『ビッケちゃん、

そうなの、

何でもママの言っている事が分かるのね、

ビッケちゃん大好きよ、

さあ、お家に帰りましょ、

お腹すいたでしょ!』

 

突然一階のリビングの電球が明るくなり、

階段を降りて来るままの足音が聞こえる、

ママ、こんな夜中に起こしちゃってごめんね、

突然咳が止まらなくなって、

心臓がドキドキして身体が揺れ始まって、

もうどうにもならなくなったんだけど、

ママとパパが寝ていたから、

私、リビングにおりて来たんだけど、

どうしても咳が止まらなくなっちゃって、

ママとパパを起こしちゃったみたい、

ママ、もうどうにもならないみたいなんだ私の身体、

心臓が私とは関係なく勝手に動いているみたいなんだ、

まるで身体全部が心臓にでもなったようなんだ、

もう、痛むことすら出来ないよ、ママ、

でもママ、私は苦しくなんか無いから、

ママ、哀しそうな顔をしないで、

ママ、さっきからずっと私の顔を覗き込んで涙を流しているけど、

私、ママに悪い事してるのかな、

私はここよ、ママ、

ママが大好きな私はここよ、

ママ、泣かないで、

ママ、何だか手と足が冷たくなって来たみたい、

ごめんね、ママ、

ママが唾を私の飲ませようと口付けしているのは分かってるのに、

私の舌はもう冷たくなって来たみたいで、

私の言う事を聞かなくなったみたい、

ママ、ごめんね、

ママ、身体全部が心臓になろうとしているみたい、

身体が揺れて座る事も出来ないんだ、

立ってるだけがせいいっぱいなんだ、

ママを悲しませないように、

私を生かそうと私の身体善全部が心臓になって来たみたい、

ママ、いくら息をしてみても、

身体が冷たくなって行くのを感じるの、

ママ、

ママ、

ママ、大好きだよ、

ママが私の事を大好きだっていう事、

私、知ってたよ、

ママ、

ママ、

ママ、大好きだよ、

ママの唾飲めなくてごめんね、

ママ、大好きだよ、

 

ごめんねママ!!

私ったら大きな声で吠えたみたいだけど、

ママ、びっくりしなかった、

私は大丈夫よ、

ママ、私の心臓が急におとなしくなったみたい、

ママの腕の中でぎゅうっと抱かれているのに、

今は全然痛くないんだ、

ママ、大好きだよ、

ママ、今日は一緒にお山のお家に来れて良かったね、

ママが今週はお山のお家に行くから、

ビッケちゃんも絶対にお山に行こうねって、

何日も前からまるで呪文のように私に言い続けてたでしょ、

今日、私、ママとお山に来れて、

とても幸せだった、

あの丘に座ってずっとママを見ていられたし、

ママにだっこしてお家に連れて来てもらったし、

今、ママの腕の中で抱きしめられているし、

ママ、今、幸せだよ!

でもママごめんね、

私、準備が終わったみたい、

ママの泣いているお顔がだんだんとかすれて来たの、

パパが私の名前を大きな声で呼んで、

私の身体を叩いているけど、

だんだん感じなくなって来たみたい、

ママ、私、準備が終わったみたい、

ママ大好きだよ、

ママを泣かせてごめんね、

 

山小屋の屋根の方から、

ママとパパが私の身体を抱きかかえているのが見えるの、

パパったらこんな夜中に、

お庭に出て花なんか摘んで、

私の周りに飾ったりして、

何だかパパらしくないよ、

 

『ビッケ、

あなたの目だって、

鼻だって、

耳だって、

足だって、

まだまだ使えるのに、

何で息をしなくなっちゃったの、

ママは哀しいよ!』

 

そうだ、

ママの言う通リだ、

ママ、見て見て!!

 

ほら、私は今お山のお庭を走ってるわ、

前足も後ろ足も私の言う事を聞いてくれるの、

私は、どこまでも走れそう、

心臓の揺れも全然気にならなくなったの、

私は、どこまでも走れそう、

又明日からママの後をついて行って、

お庭を走れそうなの、

でもなんでママとパパは私じゃなくて、

さっきまで私がいた身体を揺すっているの、

なんでママとパパは私がここにいるのに、

泣いているの、

ママ、パパ、私はここよ、

何で私に気がついてくれないの、

ママ、大好きだよ、

ママが私の事を大好きだって知ってたよ、

 

パパ、有り難う、

もうすっかり夜が開けたのね、

朝陽が眩しいわ、

草の匂いがする、

土の匂いがする、

私の冷たくて固くなってしまった身体を、

暖かい毛布にくるんで、

山のお庭や森の中、

いつも私が遊んでいた場所を、

だっこして見せてくれてるのね、

そうなの、

昨日は私行きたくても行けなかったの、

パパがだっこして私に見せてくれてたのね、

パパ、有り難う、

 

これからも、

ママとパパがお山のお家に来たときは、

絶対に私はあの丘に座って、

ママとパパを見ているからね、

ママもパパも気が付いてね、

ママ、この丘に座っていると、

風の声が聞こえるの、

ママの声が聞こえるの、

ママの香りが大好き、

ママ、大好きよ、

ママが私の事好きだって知ってたよ!!

 

2012/10/21、 am2:30

ビッケ(愛犬)が風の声が聞こえる、

丘の上に眠る事になりました。

2012/10/22 03:42 | watanabe | No Comments