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2012/10/17

皆さん、おはようございます。
人間、いくらかの勉強をすると、
それを具体的な形にしてみたくなるものです。
ごくおとなしい人間ならとんがることもないけれど、
舞台、つまり人前に平気で立てる神経の持ち主であれば、
多かれ少なかれ先鋭化し、周囲と軋轢を起こすことも
少なくないことは認めなければならないでしょう。

私も実際にそういう人間でした。
というか、分野を違えれば今でもそういうことがないとはいえず、
結局のところ、状況次第でとんがる人間であることは確かです。
しかしながら、そうして起こる周囲との軋轢は、
時として致命的な打撃を自らに与えることになります。
今の立場を追われるかもしれず、
普通なら得られるはずのポストを逃すかもしれません。

さりとて、おとなしく無難にすごしていられる人間が、
後々功績を残せるとも思えません。
このバランスをとるのが周囲の温かい目です。
とんがっていることを単なる邪魔者として見ないことです。

そして、場を持っている人は、
積極的に場を提供してあげることだと思います。
特に・・・ここで頓挫しがちなのですが、
最初の数回はやり過ぎや失敗を大目に見てあげることです。
場を提供したはよいけれど、はやる気持ちが起こす、
やり過ぎ、失敗に失望してそこで縁切りしてしまう人が多いのです。
その人の本性は、数回の経験の後、初めてわかるものです。
これまでのフラストレーションを解消している段階では
決して見えてこない、デリケートな部分です。

そもそも、何かを真剣に学ぶ理由というのは、
ポジティブな理由もそれなりにあるでしょうが、
現状に対する何らかの不満があればこそ、
苦労をものともせずに学ぶことができるのです。
場を提供する人というのは、
その不満の部分も受け止めてあげなければなりません。
広い度量を必要としますが、
そこは提供者の宿命だろうと思います。

で、逆に表現者本人についてですが、
ここで提供者の有難味をわからないようでは、
人間として・・・という以前に表現者として終わっています。
そういった人情の機微をくみ取ってこそ、
人前で表現すべきものが見つかるのですから。
せっかくの勉強を無駄にしないよう、
人としての学びを怠らぬよう、気を付けたいものです。

2012/10/17 03:20 | bonchi | No Comments