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世界遺産の地、知床で「チビ太」と名付けられた一頭のヒグマがいた。
既に親離れはしているものの、体は小さくて痩せている。
今年は例年にない厳しい残暑が続いているせいで秋の実りが遅く、またいつもなら
遡上のピークを迎えているはずのマスも川の水温の上昇により、ほとんど姿が見ら
れない。
森をうろうろと徘徊してもエサにありつけないチビ太は頻繁に人間の近く に出てく
るようになった。
観光の最盛期を迎えているさなか、道路にクマが出てこればその姿を一目 見よう
と次々と観光客の車が止まり、あっという間に「クマ渋滞」が起きる。
このチビ太も以前からヒグマを管理している関係機関から「問題児」としてマーク
されていたという。
僕はその日、偶然出会った知人のカメラマンと現地で立ち話をしていた。
すると向こうから堂々と道路の真ん中を歩いてくるクマが目に入った。
「チビ太」だった。
まだあどけない顔のチビ太は鼻っぱしに傷を作り、チョロチョロと上目づかい で
僕達の様子を伺いながらこちらに向かって歩いてくる。
やがて僕達を避けるように道路から森に入ってウロウロと物色していたが、食べ物
にありつけることもなかった。
その直後だった。 駆けつけてきた地元のレンジャーが落胆の眼差しでこう言った。
「今日、あのクマを捕ることになりましたので・・・。」
殺すわけではない。捕獲して山奥へ放獣するのだという。
かわいい子グマが人前に現れるようになると、必ず観光客がエサを与えてしまう。
チビ太は時々人に近寄ってくるような行動をとる事から、既にそのような状況が
起きているのかもしれない。
あと3ヶ月もすれば冬眠の時を迎えるはずだが、果たしてこの小さなクマは山奥
に 放獣されて自分の力で生きていけるだろうか・・・。
知床ではこの手の問題が日常的に起きているという。
この地が世界自然遺産に登録されて以来、当然のごとく観光客の数が飛躍的に 増えた。
名声も経済効果も高まったのは確かだろう。
でも、その事によって野生動物との接触が深刻な問題となっている今、 「世界自然遺産
」の本来の意味を改めて考えてしまうのである。