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2012/08/06

小さい頃、幽霊を見たことがある。

学校の帰り道だった。六時か七時、そのくらいの時間だったろうか。
まだ明るかったので、いつものように大通りを行かず、薄暗い墓地を通り抜けてお寺のほうに回って帰ろうとしていた。中学受験を控えていたから、八時を回ると見たい番組があっても見られない。勉強しろとうるさい母親が戻る前に、少しでもテレビを見ておかなければ。その日はクラスも人気のあるバラエティ番組のスペシャルの日で、ちらっとでも見ておかなければ、明日みんなの話についていけなくなってしまう。
気がせいていたわたしは、禁止されている抜け道を使うことにした。

その道は、子供が通ってはならないと学校からも言われていた。
小さな子供にいたずらする大人がいるとか、いかがわしい裏通りに近いからとか、今なら明快な理由を思いつくのだけれど、子供たちの間ではその道は幽霊が出るんだと言われていた。見た、と言う子もいた。柳の木の下で着物を着ており、見た子は幽霊に連れ去られるという。そんなオーソドックスな幽霊譚がまことしやかにささやかれており、分別のある子は取り合わなかったけれど夏になると必ず囁かれるトピックスだった。
わたしは無論、信じてなどいなかった。幽霊なんて非論理的だし、今時着物を着ている女なんていないし、見た子供が必ず連れさられるというなら噂自体が存在しないはずだ。
そう思っていたからこそこの道を来たのだけれど、さすがに一人きりで墓地を歩くのはかなり勇気がいることだった。

だから、かもしれない。

わたしはそこで幽霊を見た。

幽霊は、想像よりもだいぶしょんぼりした感じで墓地の端に立っていた。誰かを待っているらしかった。上を向いて、なんだか泣きそうな顔で、そこに佇んでいる。なのに、なんだかとてもリアルじゃなかった。ポロシャツにスラックスで、よく見れば足もあったのに、なんだか異様に存在感が薄かった。わたしは叫んだかもしれない。最初は人がいるという単純な驚きで、次はなぜこんなところに人が、という恐怖で。幽霊はちょっと驚いたようにこちらを見て、それからなぜか手招きをした。弾かれたように走って逃げた後は、テレビも電気も全部つけて親が来るまで震えていた。わたしはただひたすら、怖かった。それから、二度とその道は通らなかった。

 

大人になってから久しぶりに通った墓地は、あの頃よりずっと明るく清潔に造成され直されていた。墓地の四隅も真っ白いコンクリートブロックで固められ、瀟洒な東屋になっていた。常夜灯もついて炯炯としているのは、警備会社が入ったからだと言う。
得意げに話してくれた住職の肩越しに、わたしはもう一度幽霊が出たあたりを眺めた。
真新しい墓石がつやつや光る一角に、もうすぐわたしも入る予定である。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2012/08/06 10:22 | momou | No Comments