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うまくいかないことは続くもので、朝から信号と言う信号は目の前で赤に変わり、来週だと手つかずにしていた仕事の締め切りが前倒しになり、時間が無いと言うのに同僚の愚痴で昼休みを占拠され、挙句の果てに楽しみにしていたデートにも行けなくなった。 誰が悪いわけでもないんだけど、そんなわけで空き缶があればすぐにでも蹴り飛ばしてしまいそうな、非常にイライラした気分である。
そして実際路傍に落ちていた空き缶を蹴っ飛ばしてみたのだけれど、当然のことながらスカッとするわけもなく、1メートルくらい先に落ちた缶を拾ってため息交じりにゴミ箱に捨てた。
(ああもう。何をやってるんだろう、私)
こんな姿を見たら、あの優しい恋人は幻滅してしまうだろうか。
恋人とはお見合いパーティで知り合った。
初対面の印象は、いい人そう、とか大人しそうとか、その程度だったけれど、気が付いたら帰り際に引きとめて連絡先を聞いていた。彼はその見かけの通り、素直に連絡先を教えてくれた。 その後数回メールをして、食事に行った。
婚活なんかしなくても十分相手がいそうなのに、というと、彼はちょっと目をぱちぱち瞬いてから、照れたように言った。
「ダメなんです。僕、自分から行けないから」
「でも言われることはあるでしょ? 今回みたいに」
「うん。でも誰でもいいわけじゃないですよ。これでも結構堅いんで」
選ばれたのだ、と思って、私は有頂天だった。何でこんなに引き付けられているのか分からずに、嬉しくてワインをぐいぐい飲んでしまった。マニュアル本には女性があまり煽るのは良くないと書いてあったな、と思いながらちらっと彼のほうを見ると、ニコニコ笑って料理を食べていた。 帰り道は一緒に帰った。 たまたま目の前にいた老夫婦に席を譲ってしまったから立ちっぱなしだったけれど、そんなの気にならないくらい楽しくて幸せだった。
が。
あの幸福なデートからここ一週間と言うもの、仕事が立て込んでまったくメールも電話もしていない。
今日は久しぶりに会いたかったのに。
仕方ないとはいえ、キャンセルのメールをするのは心苦しく、就業時間中に留守電に入れただけだった。当然、返事は来ていない。分かっていたことだけに切なくなる必要は無かったけれど、それでも悲しいものは悲しくて私はことさらとぼとぼ家に帰った。
真っ暗な部屋の電気を付け、留守番電話を解除する。流れてきたのは彼からのメッセージだった。
「残業御疲れ様。心配なので家についたら折り返し連絡ください。待ってます」
ああもう! 悪いことばかりは続かない。
私は急に緩みだす頬を叩いて、いそいそと彼に電話を掛けた。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。