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先日、写真の仕事で剣淵町という北海道北部の小さな町を訪れた時のこと。
夕方、札幌に帰る前に地元の友人と喫茶店でお茶を飲むことにした。
友人は町はずれのスキー場を越えて、更に人里離れた道で急に車を止めた。
目的のお店はまだ先にあるらしいのだが、たった今道路脇に見えた喫茶店らしき
建物に明かりが着いていたので「行ってみよう。」という。
一台の車がかろうじて通れるくらいに除雪された坂道を登り、お店に辿り着いた。
先に車を降りてお店の玄関へ向かった友人が「今日は開いていないみたい・・・」
と言いながら戻りかけた時、突然扉が開いて「開いていますよ。」とマスターらしき
人が顔を出した。
中に入ると、まるで時代がタイムスリップしたかのようだった。
昔ながらの薪ストーブの前にはロッキングチェアが置かれ、一匹の猫が椅子の足元を
潜り抜けて行く。
壁際にはたくさんの薪が積まれていた。
まるで山小屋のような店内にはところ狭しと木彫の置物が並び、奥の方には木で作ら
れた小さな撮影スタジオのようなものが置かれている。
不思議な雰囲気の店内を見回しながら、友人と注文したカフェオレとトーストがやって
くるのを待った。
北海道の自然豊かな観光地でカフェやペンションを営む人達は本州からの移住者が多い。
ロケーションの良い丘の上に建てられたカントリーハウスや森の木立の中に建てられた
ログハウスのお店は都会からやってくる人達の心をくすぐるものだ。
白いペンキで塗られた窓枠にレースのカフェカーテン、ガーデニングで彩られた庭先に
アンティークなオブジェとくれば、ドライブ中のカップルならばもう立ち寄らずにはいられ
ないであろう。
ところがこのお店は全く違って見えた。
生活観に溢れた山小屋やアトリエのような空間に、小さなキッチンとカウンター、そして
木で作られたテーブルと椅子がいくつか置かれている・・・。
そんな手作り感たっぷりのお店なのだが、飾らない趣と店内に漂う不思議な空気に僕は強く
引かれていった。
まもなくマスターが注文したメニューを運んできてくれた。
カフェオレとトースト。
友人と一緒にゆっくりと口に含み、二人とも驚いた。
正直、ごく普通の味と思っていたのだが、これが意外にも繊細な味でとても美味しいのだ。
メニューには他にもオリジナルと思われるものがいくつかあり、興味深かった。
帰り際、マスターに色々と店内のことを尋ねてみたが、静かな口調で一言二言返事をして
もらえるだけだった。
そして写真を撮らせてほしいという僕の言葉に、不思議そうな表情で
「どうぞ・・・」
と答えた。
長い髪を後ろで束ね、芸術家のような容姿と物静かな口調。
「自然」に精通した者達が共通して持つ、ある種独特のオーラを発している方だった。
きっと、前者のような上品で華やかな田舎暮らしよりは、ひっそりと自然に馴染むような
生活を好む方に違いない。
僕はますますこの方とお話してみたい衝動に駆られた。
帰り際お金を支払う時に、友人が小さな机の上に置かれている「オカリナ」を見つけ、マス
ターに尋ねた。
「ご自分で作られたものですか?」
驚いたことにマスターはオカリナをいくつも作っていて、オカリナを作る為の工具までも
工夫を重ねて自分で作ったのだという。
マスターはオカリナの作り方や微妙な形の違いによって音色が変わることなどを詳しく
僕達に語ってくれた。
最後に僕はやっと口を開いてくれたマスターに、自分の写真活動のことや大雪山の仕事に
係わっていることを伝えてみた。
すると、僕に親近感を感じてくれたのか、話の内容に興味を持ってくれたのかは分からないが
少なくともついさっきまでよりは確実に心を開いてくれたようだ。
この方はやはり芸術を志す方のようで、お話を聞いているだけでも写真、木彫、粘土細工をされ
ている。
きっと、この隠れ家のようなこの店内で創作活動が行われているのだろう。
もっともっとお話をしてみたかったが、僕はこれから3時間以上かけて札幌へ戻らなくてはいけ
ない。
僕達はまたここへ来ることを伝えてお店を出た。
またゆっくりとマスターのお話を聞きに来よう。
そして、今度はあのオカリナの音色を聞いてみたい・・・。
時計を見ると、いつのまにかもう20時を回っていた。
素敵な世界へのタイムスリップだった。
車のエンジンを掛けると外気温系に-19℃と表示された。