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2010/10/28

昨日、谷間には初霜が降り、木枯らしが吹きました。
すっかり冬景色に変わりつつある中、稲刈りのときを待つ、お百姓を目指す川口です。

昨日の夕暮れ、トン、トン、トン、トンと、ゆっくりとしたリズムで暮れなずむ群青色の空の下、この谷間に太鼓の音が響きはじめました。
太鼓の音に誘われて窓の外を眺めてみると、荒神さまのお社に向けて燈の列が進んで行きます。
普段はお社に下がる白熱灯の灯りがポツンと光っているだけの境内に、焚き火が焚かれ、鳥居の前から並ぶ石灯篭にも火が入っています。

秋祭りは既におわっていますから、何があるのだろうか?と不思議におもいつつ、家事に戻りました。
しばらくして再び眺めてみましたが、そのときには再びすっかり静かになっていました。

明けて今朝、荒神様の前の銀杏の実を拾いに行ったついでに何があったのかを確認してみました。
焚き火の跡に藁の灰が積もっています。
小さな参道の坂道はきれいに掃き清められており、石灯篭にはそれぞれ燃え残った蝋燭が立っています。

何をしていたのか・・・?

頭上の鳥居を見てようやく合点しました。

その鳥居はとても小さく、背を屈めてくぐるほどのものなのですが、普段から、全長3m程もある藁でできた蛇が掲げられています。この荒神様が新たに作り直されて掛けなおされていたのでした。
立派な胴体から尻尾まで、真新しい藁で編みなおされ、頭の部分は編んだ籠のようなものを上顎と下顎2つ合わせてあります。目玉はきれいに赤く塗った電球。舌にも赤く塗られた木のおしゃもじのようなものが鮮やかです。

つまり、焚き火の中に積もっていた藁の灰は、昨日まで掲げられていた荒神様(蛇)が燃え尽きたものだったのです。

このようにして、田畑、山の命たちと同じく、荒神様も毎年、死と再生を繰り返してきたのですね。そして、蛇はその脱皮する姿からそのような生命のめぐりの象徴として崇拝されてきたのでしょう。

毎日、田畑に立ってそこからの恵みで生きていると、このような古くから伝えられてきた人々の心持ちが深く染み入るように感じられるようになります。

来週には、成熟を待っている稲もようやく刈り取りの時を迎えそうです。

2010/10/28 06:30 | kawaguchi | No Comments