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地球の舳先から vol.216
東北/被災地 定点 vol.3(全10回)
渡邊さんは、青森県出身。
お父さんが亡くなった時、「自分って、小さい」と思ったことが、青森から出るきっかけだったという。
仙台で、リクルート社の旅行雑誌「じゃらん」の営業として、南三陸を含む沿岸部を担当した。
ホテル観洋の女将や観光協会の名物熱血パーソンともその頃知り合い、南三陸が好きになる。
子どもが産まれたことをきっかけに去年の11月、転職をしてこの地に移り住んだ。
わずか4ヶ月での、被災。
雑誌用の撮影中に大きな揺れが来て、外に出ると建物が揺れているのがはっきり見てとれた。
お客さんを館内の避難場所へ誘導し、ホテルのスタッフは笹かま1枚でその晩を過ごした。
引き波は激しく、渡邊さんも津波がホテルを襲う瞬間を目撃した。
随分離れた島の方まで海底があらわになり、漁師の「これはまずい」という言葉に言葉にならない不安を抱く。
ブイが引かれて流れていき、ぶつかって戻るときには家や車が潮に呑み込まれていた。
そんな津波が20回以上も陸を襲っては、すべてを流していった。
ホテルも2階まで壊滅的な被害を受け、橋と道路が破壊されて一角は孤立状態に。
3日目の朝にようやくお客さんを仙台まで移動させたものの、自身の家族の安否はいまだ不明なまま。妻は、生後わずか6ヶ月の子どもを連れているはずだった。
4時間かけて山を越え、3箇所目の避難所で妻子の無事を確認した。
家は流されていた。場所を正確に特定することすらできず、仮設住宅ができた5月初旬までの間、ホテルで生活した。
「家族全員、命が助かっただけでいい。
ものは後々また買えばいいし、これから作っていけばいい。」
と当時の心境を振り返る渡邊さんだが、その後、思わぬ僥倖も訪れた。
被災地の瓦礫のなかから写真を見つけて、洗浄するボランティア団体の活動で渡邊さんの家から見つけ出された写真があったのだ。洗浄された写真は旧入谷中学校に展示され、申し出れば本人や知人が持って帰ることができるようになっていた。たった1枚だけ発見されたその写真は、渡邊さん夫妻の結婚式のときのものだった。
8/1の、娘が1歳の誕生日には、渡邊さんは街の写真家とホテルスタッフから、思いがけないプレゼントも貰った。
もう一度結婚式の写真を撮ろうと衣装を着込んだ渡邊さん夫妻を、ホテルのロビー階にある結婚式場でスタッフ・宿泊客・牧師さんが出迎え、一家三人で二度目の結婚式をした。
* * *
ホテル観洋はまさに海に面した場所にあり、壊滅的被害を受けたものの、建物が崩れることはなかった。警察にも地元の人にも「最強の要塞」と称されたという。
二次避難所として600人弱が生活し、生存者の確認・来館者対応など、震災関連業務に追われるスタッフ。それでも、下を向いている暇はなかったという。
「ホテルがなければこの街に誰も来なくなる。このホテルが、南三陸の復旧の拠点になるんだ」
前向きな女将さんは従業員を、ホテルを、明るく引っ張り、まず宿泊施設として必須となる温泉施設の復旧工事を決めた。その後のスピード感には、目を瞠るものがある。
水も満足に出ない中、4/23に隣接する別館レストラン「海フードBBQ」を、4/29には町内で一番早く売店を営業再開。告知する手段もないため、従業員が「営業中」と手書きの看板を持って道路に出た。
5/28には、延期した入社式が執り行われ、16名のスタッフがホテル観洋にやってきた。一人も内定を取り消すことはなかった。
6/27には、館内のトイレ、客室の洗面所・冷房が使用可能になり、宿泊施設としての設備を整える。
震災直後は東京の会社を通じ、それでも毎日更新していたというブログやtwitterを通じたホテル観洋からの情報発信は、いつも意外なほどの元気さと、スタッフの笑顔が伝わってきた。
もちろん、まだ道のりは長く、不透明だ。
ここまで、ひたすらに走り続けてきた被災地の人々の心のケアの問題もある。
「すべてが不安定で、未来のことまで考えられない。今できることを、やるしか…」
もうすぐ冬もやって来る。南三陸は、自分たちは、この冬を乗り切れるのだろうか。
それでも渡邊さんは、とにかく南三陸に旅行に来て欲しい、と言った。
「ボランティアに行くとなると、ハードルが高い。重いもの持てないし…とか。
でも、この地に来てもらうだけで支援なんですよ。そして一人でも、お友達に伝えてくれれば。
これから、きっと来年の3月あたりに”あれから1年”ってメディアで特集して、
それで終わりになっちゃうんじゃないか、という不安がある。
南三陸が、皆さんの頭の中から忘れられてしまうことが、一番の恐怖。
“観光”というところまで戻すのは長い時間がかかるだろうけど、
足を運んで、旅行してもらいたいですね。」
南三陸ホテル観洋
〒986-0766宮城県本吉郡南三陸町黒崎99-17
TEL : 0226-46-2442(代表)FAX :0226-46-6200
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