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2011/11/14

僕は暇を持て余すと、彼女のことを考える。
例えば電車を待っているちょっとした空き時間だとか、レジで並んでいるときだとか、眼鏡屋さんで外れた螺子の調節をしてもらっている間などは例外なく彼女のことを考えている。
彼女について考えるべきことは沢山ある。
例えば次のデートはどうしよう、だとか、もう少しで来るクリスマスは何を贈ろうか、とか。

彼女は好みが結構うるさい。
例えば映画。
彼女は大変に硬派な映画好きなので、デートで定番の映画館は僕らにとっては鬼門のひとつである。彼女ときたら映画館では身じろぎ一つしないでスクリーンと一対一で勝負をしているような感じなのだ。全身全霊で映像を睨みつけ字幕を読み、最後にほうっとため息をつく。その間、僕がせき込んだりあくびをしようものなら、彼女の機嫌はものすごく分かりやすく悪化する。
だから賢明な彼女は大好きなフランスやイタリア、アフリカの単館上映はさっさと一人で見てしまう。そして、とろけたバニラアイスみたいな甘い眼をしながらストーリーを語るのだ。
もっとも僕はそんな彼女を見るのは嫌いじゃないし、彼女が幸せそうなのでよしとする。

彼女はプレゼントにも手厳しい。
一度花を贈ったら尋常ではなく喜ばれたので二年連続で誕生日プレゼントを花にしたら烈火のごとく怒られた。考えていない、と言うわけだ。確かにその指摘はもっともだったので、僕は翌年からますます頭を悩ませることになった。過剰でないレースのハンカチやくどすぎない香水や懐かしい意匠のブローチなどが彼女の好みだった。しかしそういうものはあまり店頭で見かけないものであり、それゆえ市場価値が異様に高かったりして難儀する。先立つものを考えながら歩くのは焦れったいけれど、その分笑顔は掛け値なしに嬉しかった。

彼女について考えるべきことはかように多い。
平均的凡人である僕には手に負えないほど、彼女の頭の中は複雑怪奇なのである。
なのに彼女ときたら、僕の好みは全て完璧に押さえているから恐れ入る。
例えばちょっとべったりした味噌炒りの茄子だとか、南方熊楠の解説本だとか、彼女に提示された幸せはあまりにも多い。

「君はなんでそこまで僕のことを知ってるんだ」

一度だけ聞いた問いに、彼女はにんまりと笑って返す。もちろん愛があるからでしょ、って。
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花言葉:歓喜
*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2011/11/14 07:00 | momou | No Comments