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前回記事
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12時。
10kmチェックポイントに到達する。
これ以降は、完全に居住が禁止されている地区になる。
厳密には30km圏内も禁止だが、そこには、暗黙の了解が横たわっている。
やがて、バスの前方に、原子力発電所の建物群が姿を見せる。
その一角には、爆発した4号炉が鎮座している。
まだバスの中にいるにも関わらず、
あちこちで、けたたましくガイガーカウンターが鳴り響く。
怖さは無い。
どんなに眼を凝らしても、燃えさかる火柱も無い。
どんなに肌を晒しても、斬りつけるような痛みも無い。
頭ではわかる。
これは危険を知らせる音だ。
ただ、上手く脳の回路が繋がらない。
「ピーピー」という単調な機械音だけが発する危険の兆候を、
どうしても、『生命の危機』に変換できない。
一度唸りをあげはじめたガイガーカウンターは、
まるで壊れたおもちゃのように、いつまでもいつまでも鳴り止まない。
むしろ、小煩いその音に、恐怖ではなく、不快感すら覚えてしまう。
そして、怖いと思えないことが、堪らなく怖くなる。
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「おい、ジャパニーズ。胸のトコになんかついてるぜ?」
バスを降りて辺りを少し歩いていると、ツアー客の男が歩み寄ってきた。
ふと見ると、いったいどこでどう出現したのか、
一匹のカマキリがしがみついている。
手で振り払おうとして、一瞬、躊躇する。
こいつも、やはり、直接手で触れない方がいいのだろうか。
咄嗟に、上着を脱いで、振り落とす。
地面に落ちたヤツを、じっくりと観察してみる。
特段、変わりない、普通のカマキリだ。
辺りを見渡すと、それはそれは静かな川辺だ。
時折、鳥のさえずりが聞こえる。
その静寂の中を、割と頻繁に、人や車が行き交う音が響く。
彼らは誰一人、防護服など着用していない。
ガイガーカウンターの鳴動と、目の前の光景とが、
なかなかリンクしてくれない。
目に見えない敵と、25年間、闘い続けるということの意味。
その歳月は、恐怖を、日常へと変えた、というのだろうか。
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「フクシマケースは、いまどうなっているの?」
また違うツアー客の女性から、唐突に声をかけられる。
4号炉を覆う、通称『石棺』に近付いたときのことだ。
事故から半年という突貫工事で完成した、この建造物は、
25年の時を経て、その耐用年数を迎えつつあり、
さらにそれを覆う『鉄棺』の準備が、急ピッチで進んでいた。
既に、事故から半年が過ぎた福島第一原子力発電所においては、
未だ、原子炉の安定制御のための努力が続けられており、
それを乱暴に覆い隠してしまおう、という措置は取られていない。
という書き方は、少し肩入れし過ぎだろうか。
チェルノブイリケースに比べれば、あまりに楽観的な対応、とも言える。
もちろん、『レベル7』という段階が同じというだけで、
それ以外の、ありとあらゆる状況が、チェルノブイリと福島では異なる。
政治、経済、科学技術、社会インフラ、事故の原因、etc…
「じゃあ、同じなのはなんだろう…?」
そんなことを自問してみる。
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「これから昼食を摂りましょう」
ガイドのその言葉に、ふと我に返る。
と同時に、「どこで?」という疑問が湧く。
当然、ゾーン内の屋外では、モノを食べるのは御法度だ。
そんな疑念をよそに、バスは、発電所地区から目と鼻の先にある、
2階建ての建物の前で止まる。
まさかとは思ったが、どうやらこれが、ゾーン内の食堂らしい。
入口に線量計があり、全員、異常が無いか調べられる。
中は、さながら給食センターのよう。
食料品は、厳重に線量がチェックされており、内部被曝の心配は無い、
とガイドは言うが、盲信するわけにもいかず、
かといって、食べない、という選択肢も正直無い。
これを食べない、という判断をするくらいなら、
たぶん自分は、わざわざここまで来てはいない。
ガイドを、というより、自分を信じて、一口、食べる。
もちろん、味では全く判断できない。
それでも、確かめるように、一口一口、丁寧に口に運ぶ。
他のツアー客も皆、当たり前のようにむしゃむしゃ食べる。
ここまで来ておいて、ガタガタ言うヤツは一人もいない。
食後。
ガイドが、「パン屑を持ってプリピャチ川へ行きましょう」
と声をかけてきた。
何のことだかわからずに、言われるままに後をついて行く。
川にかかる鉄橋の上から、まず、ガイドがお手本のように、
川面に向かってパン屑を放る。
あっという間に、デカい魚が大量に集まってきて、それを貪り食う。
「ここでは、誰も魚を捕らないので、増え放題なんです」
中には、体長1m50cmはあろうかという、大ナマズの姿も見える。
話によると、その倍はあろうかという巨大なヤツも居るという。
遺伝子レベルでの突然変異の結果なのか、
あるいは、ヒトという外敵が不在であることの影響なのか、
その真偽のほどは定かではない。
(続く)