« | Home | »

2011/10/31

平日の映画館はがらがらに空いていた。
独り占めのスクリーンを前にすると、かえってどの椅子に座ろうか迷ってしまう。あまり前でも首が疲れるだろうし、正面でもふんぞりかえっているようで収まりが悪い。少し考えて、後ろから二番目の席にする。飲み物を手に席に着くと、ちょうど予告編が始まった。

ここに来るのは二度目だった。
初めて来たのは5年前のデートの時だ。結婚まで話が進んだ彼女の望みで、生まれて初めてここに来た。その時は大型連休合わせのロードショーの封切日だったこともあって、立ち見が出るほどの混みようだった。はしゃぐ彼女に人ごみが嫌いな私は正直閉口したことを覚えている。その印象が強かったせいか、このがらんどうの客席はひどくきまり悪く感じた。
だから、上演ブザーの鳴った直後にそっとドアが空いて一人客が入ってきた瞬間は安堵した。
女性客らしく、長い髪をひとつにまとめて長いスカートを履いている。見覚えのある後ろ姿のように思えてはっとしたが、彼女は音も無く椅子に滑り込むと、それきりあとは静かになった。

この映画を見ようと思ったのは妻が好きだったからである。
今はデジタルなんとかと言って、古い映画のフィルムを最新の技術で撮影当初の画質まで上げることができるらしい。その話をしてくれたのも妻で、彼女自身は私を置いて一人でも見に行くほどの映画好きだった。短くもない結婚生活で私は一度も彼女と一緒に映画を見たりしなかったが、子供たちはそれぞれに母と見た映画の思い出を持っていた。それが多少羨ましくもあり、また命日にただ時間を無為に過ごすのも悪いような気がして、つい来てしまったようなものだった。

映画はゆったりと時間を刻んで、2時間少しで終わった。
少年と老人のモノローグと夕焼けが印象的な映像が延々と続く、ともすれば眠そうになるような景色がスクリーンから溢れて足元を濡らしていた。身を入れて引き込まれることはなかったものの、どこか夢のような世界が広がっていた。
ああ、妻はこれが好きだったのだな、と思った。病室にプレーヤーまで持ち込んでいたDVDを思い出す。家にはコレクションがたくさんあったのに、妻はこの1本しか持っていかなかった。最後はこういう風なのがいいのよねえ、と。

明るくなった室内に、あの女性客の姿はなかった。
エンドロールの最中に出ていったのに気付かなかったのか、とも思ったが、同時に妻であるような気もした。一人きりで映画を見に来ていたほど、最後の一本に選ぶほどこの映画が好きだった妻なら、化けてでもこの映画の最新版を見たがるだろうと思った。

私は少し笑って、明るくなった映画館から外に出ていった。
墓前にはこれから参る予定である。
==================================================
花言葉:満足
*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2011/10/31 09:06 | momou | No Comments