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私には忘れられない、爪ヤスリがありました。
それは、とあるネイルメーカーさんからいただいた携帯用の折りたたみ式ステンレスのヤスリで、
ネイリストのたしなみとしていつもコスメポーチに入れて持ち歩いていました。
数年前、突如死の病に倒れた実父の看病で通院していた時のことです。
もうずいぶん衰弱してしまった父が、私がベッドのそばに来たのを見計らったようにつぶやきました。
「爪が伸びちゃったなぁ」
いつもいつも大声で話す父の小さな声。自分の爪を見つめるその姿を今でも思い出します。
「削ってあげるよ」と、いつものようにわざと素っ気なく応え、その携帯ヤスリで父の爪を時間をかけて削りました。
その後に入れ違いで来た妹に嬉しそうに「今日、お姉ちゃんに爪を切ってもらった」って話したそうです。
「パチン、パチンって」と付け足したのは、ネイリストとして聞き捨てならない気持ちでしたが(笑)。
あっという間に、父は亡くなりました。
骨になってしまって、その骨もお墓に入ってしまった父の一部が、確実にそのヤスリには残っていました。
私はもうそのヤスリを使わず、大事に辛い気持ちと共に持ち歩きました。
時々その表面を眺め、この世に残った父の存在をかみ締めました。
プライベートもネイリストとしても、今思えば一番辛く苦しい頃です。
一周忌がすんだ後、
母と妹と私の3人で旅行をし、宿泊先のホテルでそのヤスリが無いことに気づきました。
生前、父が菩提寺の総本山として行きたがっていた永平寺を訪ねた直後のことでした。
どこを探してもない。
コスメポーチの奥に収まっていたのに、出した覚えもないのに、ない。
心臓がキュッとなるほど、慌てました。
でも、たぶん。
父が私に踏ん切りをつけさせたのだと思い諦めました。
いつまでも父の死に囚われ、自分や生きる意味さえも見失いかけ、
ヤスリを出しては呆然としていた私を父は見ていたのでしょう。
済んでしまったことに拘ることをひどく嫌った父らしい叱咤の方法です、きっと。
父は、私がネイリストになったことを自慢していたという話を、お葬式で何度か聞かされました。
「俺は死んだけどお前は生きてるんだぞ」
そんな父の言葉が聞こえたようでした。
いつか、あの世なんてとこがあって、
私も天寿を全うしたとして。
お父さんに会えたら。
たくさん自慢話が出来るネイリストに私はなります。