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2011/09/09

楽しいはずのパーティはこんな風にして不首尾に終わった。

あのあと、動転した母に半ば押し込められるようにして病院に行き、妊娠していることが分かった。まだ堕ろせる、しかし一日でも早い方がいい。父の息のかかった病院で、その医者が母に言っているのをカーテン越しに聞いた。あの時は我慢出来た涙が溢れた。勝郎くんに会いたかった。大丈夫だと手を握ってほしかった。わたしは産みたかった。あの人が欲しがっていた、家族を与える役目が欲しかった。

「彼は家に帰ったよ。家族のもとで、少し頭を冷やすそうだ」

なのに、帰って来たわたしに父はいとも簡単にそう告げた。
嘘だ、と思った。
勝郎くんが自分で家に帰るわけが無い。勝郎くんが自分からこの家を出ていくわけがない。それは確信だった。勝郎くんはこのうちの子になりたい、と笑っていたのだ。帰る場所なんてないんだと、寂しげに眉を寄せていたのだから、もしこの家と何らかの因縁のある家ならば勝郎くんにますます辛く当るだろう。わたしと結婚したいなんて言って、どんな罵声を浴びただろう。そんな勝郎くんが、今、わたしを置いてどこかにどこかに行くなんてあり得るだろうか? 勝郎くんが家にいるというなら、それは帰ったのではなく返されたのだ。わたしと同じに。堕ろすことを前提で猶予を与えられた、わたしと同じに。

なぜか異様な悔しさとともに、空っぽになった部屋を片っ端からあけて回って、勝郎くんの面影を探した。バカみたいな話だけれど、わたしは勝郎くんのことを何も知らなかったのだ。例えばどこで生まれてどんな家に住んでいたのか、携帯の番号やメールアドレス。この家の中で完結していた恋愛にはそういうものがまったく必要なかったから、連絡を取る手段が何もないなんて今まで気づく必要もなかったのだ。なのに、そんなわたしを置いて、勝郎くんはどこかに隠れてしまった。
巨大なこの屋敷の見取り図を、たった一枚残して。

「やめなさい。お前はまだ若い。だれだって、一度や二度の過ちはある」

暗闇で勝郎くんの地図に触れていたわたしに、父は苦くそう言った。

「過ちじゃない。お父さん、」
勝郎くんに、何を言ったの。あのとき、なんて答えたの?

わたしの問いに、父は答えなかった。

行動は一刻でも早い方がいいと思った。
手掛かりはひとつしかない。家族が経営する会社名。父が仕事に行っている隙に名士録を持ち出し、指が痛くなるほど紙をめくって、実家の住所を調べあげた。思ったより近い。ハンカチの裏側にそっとそれを写し取って、わたしはそれから一世一代の演技をした。

「お母さん、わたし、もう一回あの病院に行こうと思うの」
「さっちゃん、……それ、本気なの?」

病院を出てから、母は一言もわたしに対して口を利かなかった。話したくない、というよりは話題を慎重に選び過ぎているように見えた。母は迷っているのだ。未婚の状態で妊娠してしまったわたしを、どう扱うのが適切なのか。産ませるべきなのか、それとも。
だからわたしは頷いた。堕ろすふりをすれば、母はきっと安心する。

「早い方がいいんでしょう?」

さっちゃん、さっちゃん、と母はわたしの肩で泣いた。

「ごめんね。ごめんね。守ってあげられなくてごめんね」
「いいの。ごめんね、お母さん」

わたしは本気の母に、心にもない言葉で返した。痛んだ胸には蓋をした。謝っても、謝られても、わたしの中では既に優先順位がついている。母だって辛いだろう。泣くだろう。父を責めることもあるだろう。父だって、自分を責めるかもしれない。もしかしたら。いや、それは嘘だ。父はきっと、自分を責める。娘だから、わたしにはそれが分かる。
でも。それでもわたしは、迷わないと決めたのだ。だって勝郎くんだって待っている。

「お母さん、わたし、病院には一人で行く」

肩に置かれた指をそっと外しながら、静かに言った。大げさになるのは嫌なの。わたしにも、勝郎くんにも、きっと傷になるから。そう言えば、母は自分の過去に思い至ったらしい。少し迷いながら、大丈夫なの、と震える声で確かめられた。

「大丈夫。終わったら電話するからね」

それが、母に告げた最後の言葉だった。

next  vol.15→9/10公開

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※この物語は2011年9月11日に上演されるJunkStage第三回公演の物語を素材としています。(作・演出・脚本 スギタクミさん)
※このシリーズは上記公演日まで毎週月・木曜日の2回公開していきます。…という予定でしたが、公演開始日までに終了させることができないため、今週は毎日更新です。申し訳ありませんが、いましばらくお付き合いください。

2011/09/09 06:18 | momou | No Comments