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「撮影した素材を見て」
最終日の翌朝。そういえばもう6月だ・・とふと思い出す。撮影中はまったく時間の感覚を失っていた。僕が分かっているのは今日何をしなきゃいけないか・・それだけ。そんなライフスタイルが震災以降続いていた。翌日からひっきりなしに仕事のメールや電話。
3月以降、原発の取材依頼が世界中からはいってきた。飛行機もロケ車両もすべていっぱいで予約さえできない。そんな世界もある。
僕はそれから1カ月あまりほとんど映画の事を忘れて日銭を稼ぐためにあくせくしていた。
ようやく落ち着いたのが7月。そこで久しぶりに撮影のラッシュ(素材)を試写する。
撮影から編集までのブランクがあったことがよかったと今思う。
撮りたて素材というものは可愛いのだ。だからなかなか捨てられなかったり、映画全体のバランスを見失って一つの素材(シーンやセリフ)にこだわってしまう。それがなかった。
以前の日誌にも書いたが、映画はシナリオから準備、撮影ともともとあったものからマイナス要因が多く出る。シナリオがかりに自分にとって100点だとするとそこから出来ない事など現実的な要因がはいることでみるみる80点とか70点くらいになると思う。
そして役者や実際のロケ、カメラマン、照明、衣装それらの要因でマイナスになるリスクをたくさん潜り抜ける。
しかしこうして試写をし、いざ編集へ入ろうとする時のマインドは違う。素材のいい部分をどうやって最大限引き出すか。それだけに尽きる。
発見もおおい。ちょっとした目線の感じだったり、首を傾げた感じだったり、呼吸のリズムだったりで、スピード感も変わるし、役者が意識していなかったレベルのことまでいじることが出来る。極端に聞こえるけど、偶然かぜがそよいで女優の髪に触れただけですごく変わる。こういうのを見つけては「ああいいな~」って思う。
これからシーンを一つ一つつないでいく作業に入る。シーン数は全部で144シーン。
先は見えないがとにかくまずは一つのシーンなら一つのシーンに集中する。
自分で言うのもなんだが最近こういうロウ(生)な作品みていないなと思う。シーンに表現されている感情だったりスタイルだったりモラルだったりのバリエーションがすごい。あらためて自分が今おおきなチャレンジをしているんだと思い知る。台本を読めば普通のドラマにも見て取れる。でもちょっと違うんだ。楽しみだ!変に奇抜なアートハウス系の作品でもないし。コマーシャルを否定したひねくれた作りをしているわけでもない。あくまで自分。自分の視点。
音楽も考えなくてはいけない。それもまた「究極の幸せ」の世界観をより深く広くしてくれるに違いない。