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2019年6月4日発売
「スター・ウォーズep4」ダスターシュート前の長い通路に影響を受けた「ギャラクシー・オブ・テラー」の通路に似た宇宙船の通路で、エイリアンがポッドを宇宙空間に放出するシーンから始まる作品です。このポッドにはじつは黒いナメクジ状の宇宙生物が入っていたようで、それが地球に飛来し、拡散し、とある大学町をパニックに陥れます。
そんな話なのですが、監督がSFやホラー愛のフレッド・デッカー。1986年の公開当時26歳か27歳の若手でした。彼の後輩で本作でも端役で出演しているシェーン・ブラックは「リーサル・ウェポン」の脚本を書いた才人。ブラックはペンシルベニア州ピッツバーグ出身で、ピッツバーグといえばジョージ・A・ロメロ監督の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」。先日アップした「ナイト・オブ・ザ・コメット」もそうですが、本作の原題も「ナイト・オブ・ザ・クリープス」です。「ナイト・オブ」を使っているだけで監督のジャンル愛が分かります。本作のエイリアンは人体に寄生し、チェストバスターにはなりませんが寄生された人間は生きたまま体をエイリアンに乗っ取られゾンビ化するという…ジャンル愛。脱線ついでにシェーン・ブラックは「リーサル・ウェポン」の主人公として、ジョン・カーペンター監督作で知られる名バイプレイヤー、トム・アトキンスを考えたそうで、本作の製作時、ブラックはキャメロン刑事役のトム・アトキンス本人に「リーサル・ウェポン」への出演を打診までしたとアトキンスは特典のインタビューで回想しています。その時、アトキンスは「私は主役向きじゃない。この役はスターが演じるべきだ」と辞退したという。結局、メル・ギブソンが主役を演じました。謙虚なトムさん。
さらに登場人物の名前が凝っています。主人公がクリストファー・ロメロ。相棒がジェームズ・カーペンター・フーパー。主人公の彼女がシンシア・クローネンバーグ。刑事はレイ・キャメロン。他にもランディス刑事にライミ巡査…。このジャンルで有名な監督の名前が役名に散りばめられています。これだけでなくロジャー・コーマン作品で知られる名バイプレイヤー、ディック・ミラーの役名はウォルター。これは50年代にロジャー・コーマンが監督した伝説的カルト作にしてビート世代のバイブル(大げさ)「血のバケツ」でディック・ミラーが演じた主人公の名前と同じ。そもそも主人公達が通う大学はコーマン大学で…。
さて、この作品の字幕では上記の人名を入れ込むのに苦労しました。過去に発売されたソフトの字幕にもキャメロン、クローネンバーグ、ランディス、コーマンは出ましたが、カーペンター、フーパー、ロメロ、ライミ、ウォルターは出ていませんでした。このジャンルのファンの人は字幕に出ていなくても聞き取れる名前もあったかもしれませんが、やはりこれは監督のジャンル愛の反映なので、字幕に乗せる情報として優先順位は高いです。なので全員出しました。
それからもう1つ。キャメロン刑事には決めゼリフがいくつかあります。「スリル・ミー」(=「喜ばせてくれ」とか「ワクワクさせろ」みたいな意味)、「ワンダフル」(=「素晴らしい」とか「上出来だ」とか「最高だ」みたいな意味)などですが、「ダーティハリー」のGo ahead, make my day(=撃ってみろ。俺の思う壺だけどな)のようなものです。これらを何度も言うのですが、場面ごとに状況が違うため統一した決めゼリフを字幕で作れなくて本当に苦労しました。
さらに終盤、キャメロン刑事が「イッツ・ミラー・タイム」と言います。これはアメリカでは有名なミラービールのCMのフレーズなのですが、本作はミラービールがプロダクトプレイスメント(作品の中で商品名をさりげなく入れる手法)で登場する流れから出てきます。リポビタンDの「ファイト!一発!」みたいなフレーズというと分かりやすいかもしれません。元々のCMでは建設業や林業などの労働者達が1日の仕事を終えて「さあ、シャワーを浴びてビールを飲もう」といった感じで使われるフレーズで、何十年も使われ続けている有名なもの。キャメロン刑事はプロダクトプレイスメントもあり、このフレーズを言います。このセリフの後、彼はエイリアン退治の最後の仕上げをもくろんでいます。これの字幕が以前の訳では「君の頭に乾杯」になっていました。これは「カサブランカ」で有名な「君の瞳に乾杯」を連想させる楽屋落ち的な洒落た訳にはなるのですが、ジャンル愛に満ちたフレッド・デッカー監督の頭にはないメロドラマを連想させてしまいます。字幕なしの英語版で見ている観客が全く連想しない作品を日本の観客は連想する…。ジャンル愛から外れた映画愛を見せるのは、字幕翻訳家が監督と同じ立場で演出しているのと同じになってしまう…。ほとんどの人は気にしないだろうけど、プロダクトプレイスメントつながりも伝わるようにしたい…。悩みに悩みに悩んだ末、字幕を作りました。気の利いた訳には全くなっていませんが監督の演出に沿う流れは維持したつもりです。ストーリーの流れの中では重要ではないセリフなのに本当に悩みました。どんな訳になっているかは本編を見てチェックしてみて下さい。