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手術室から運び出され、手術が無事終了したということは、
朦朧としながらもなんとなくわかったが、また意識がふーっと遠退き、眠ってしまった。
気がついたのは午後14時頃、病室のベッドの上だった。
全身、管やコードだらけで身動きが取れない状態で目が覚めた。
ずっと付き添ってくれていた母は、開口一番
『胸、残ったわよ』
そう教えてくれた。
あぁ、よかった。
全摘出せずにすんだんだ。
おっぱい、残ったんだ。
確か、手術室を出るときに医師か看護師から、そう言われたような気もしていたのだが、
意識がハッキリしないときのこと、夢なのか現実なのかわからなかったので、
母が教えてくれ、本当にホッとした。
自分から尋ねるには、あまりにも勇気のいる質問、
答えによっては天国か地獄かくらいに感じていた私にとって、
この瞬間は自分がガンであることを忘れるくらい嬉しかった。
このとき、告知から約8ヶ月。
私を、また私の大切な人たちを苦しめ続けた腫瘍は、私の身体から、なくなった。
やっとここまで来た。
ようやく、手術までこぎつけた。
長かったような短かったような。
治療にひとつ、区切りを付けることができた。
ホッとした私は、お腹がすくくらい、元気だった。
気付けば昨夜の18時以降、食事どころか水分もとっていない。
それなのに15時までは水も飲んではいけないと言われ、
まだ1時間もある14時に目覚めてしまったことを、少し後悔した。
脱脂綿を水に浸したもので、口の周りを湿らせてもらい、喉の渇きをまぎらわせた。
夕方には仕事を切り上げて夫も、また姉も駆けつけてくれ、手術の成功を喜んでくれた。
本当に嬉しかった。
みんなが支えてくれたからこそ、ここまでこれたと、感謝の気持ちでいっぱいだった。
ただ、安心してほっとしたのはこの時までだった。
みんなが帰った夜、また私は強い不安におそわれた。
残った胸の形は、いったいどうなっているのか。
私という人間は、どうも欲深い生き物で、命が助かったと思うと胸が残るかを気にし、
胸が残ったと思うと、今度は形を気にしていた。
ここに、QOLという言葉がある。
Quality of Life、つまり「生活の質」とでも表せるだろうか。
たとえ病気を治療することができても、人としての生活の質を保てないのでは、
それは「治す」とはいえないのではないか。
私もそう考える。
命が助かったのだから、それでいいじゃないか。
極論はそうだとは思うのだが、やはりこれから長い人生、
病気をしたからこそ、これまで以上に自分を大事にして生きていきたい、
そう思うのが患者の気持ち。
管やコードだらけ、術後間もない私は、手も満足に動かせない状況のなかで、
ガーゼに包まれている中の胸の形を案じて、眠ることができなかった。
・・・次は、術後の経過〜その後をお伝えします・・・