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2011/06/05

大変ご無沙汰しております。

このコラムを書き始めたとき、私はクラシック音楽の世界から一度引退した身だったので「少しでもクラシックの普及に繋がれば」という思いから、大した文章力もないのに、無謀ながら音楽の世界を表現する事に挑戦してきました。

しかし、4年前にクラシックの世界に復帰を果たして現場に戻ってみると、書けなくなるお話が圧倒的に多いことに気づきました。基本的にはフリーの演奏家ですから、お仕事を貰わない事には演奏の機会も無い弱い立場。なかなか面白いお話も書けず、こうして筆が鈍ってしまったという訳です。少しずつこちらのコラムも復帰していきたいとは思いますが、本当に慎重に話題を考えてからにしようと思っているので、やはり回数はそれほど増やせないかもしれません。

さて、先日、指揮者の佐渡裕さんがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に登場して話題を集めました。「世界最高峰のオーケストラに、日本人指揮者が小澤征爾以来の登場」とクラシック界のみならず一般のニュースにもなっていましたから、ご存知の方も多いかもしれません。

その佐渡裕さんといえば、日本では吹奏楽のトップ楽団「シエナ・ウインドオーケストラ」の首席指揮者。私はこのシエナに客演させて頂く様になってから4年になりますが、シエナは毎年夏に佐渡さんとツアーを行い、10回以上の演奏会をこなしています。そういった意味で、この4年間で私が最も共演している指揮者が佐渡裕さんである事は間違いありません。おそらく50回近くは佐渡さんと本番を経験しているはずです。

応援する野球チームが同じ阪神タイガースだったり、ベルリンに共通の知人が居ることなどもあって雑談もよくさせて頂くのですが、そんな中で感じるのは佐渡さんの人間力、包容力の大きさ。一昨年、私が「子供が出来たので妻に応援メッセージを下さい」とお願いしたら「俺はタモリさんか!」と笑いながら「安産ぽ~ん!!」とサイン色紙を気軽に書いて下さり、妻がいたく感激した事もありました。
感情豊かで、涙腺の弱さは私の知る人の中でもトップクラス。ベルリンフィルの指揮についても一切格好つけることなく「子供の頃からの夢だった」「リハーサル初日、聴いた事ない凄い音がした」なんて、まるで少年のような感想を素直に言えてしまう純粋さがこの人の凄さでしょう。

私は音楽大学時代に見たベルリンフィルの映像に衝撃を受け「いつかベルリンフィルで弾きたい」というだけの理由でベルリンに留学しました。昨年亡くなられましたが、首席を引退されたばかりの先生の下で修行し、毎週ベルリンフィルを聴きに通っていました。父がよくエキストラとして客演していたこと、母の友人が多く在籍していた事もあってベルリンフィルは非常に身近なオーケストラでしたが、演奏家としての私からは遥かに遠い存在でした。

帰国して日本で演奏活動をしてみると、ドイツの奏法があまり理解されていない事に気づきました。楽器の鳴らしかた、弓の使い方に対する考え方が根本から違う。人間は体験したことのない物を素直に受け入れる事がなかなか出来ない生き物ですから、中には「あれは都市伝説だから」なんて表現している人もいるくらいです。
手の角度がどう、スピードがどう、力がどうと理屈で解説する人も多いんですが、そうじゃない、感覚なんですよね。あのサウンドや音楽は、実体験からしか理解出来ません。ベルリンフィルで演奏した事はありませんが、先生から奏法を学び、実際に目の前でその技術を体感し、毎週ホールで聴いたあの体験は、言葉や理屈で説明出来るものじゃないんです。

結局帰国した私は自分を貫く事が出来ず、生活のためにお仕事を頂くことを最優先し、いつの日かお仕事に呼んで頂いたオーケストラの弾き方に合わせるようなプレイヤーとなり、「ベルリンフィルで弾く」という夢を諦めていました。そんな私にとって、佐渡さんの今回の演奏会の成功は心から嬉しい出来事でした。

ただ一つだけ、日本のメディアの報道の仕方には疑問を感じました。あくまでも今回は客演であり、今後に繋がるかどうかが大事なところなのに、日本ではさながらベルリンフィルの音楽監督になったような報道ぶり。
定期演奏会以外の舞台も含めれば、これまでにベルリンフィルを指揮した日本人指揮者はそれなりに存在しますし、それを言うなら50年前に日本人として初めて入団したヴィオラの土屋さん、20年以上もコンサートマスターを務めた安永さんの功績はもっと称賛されるべき。
現在も女性ながら現在ヴィオラの首席を務める清水さん、そして新しくコンサートマスターに就任した樫本君、ヴァイオリンの町田さんなどベルリンフィルと日本人の関わりは意外に多く、他にも素晴らしい日本人プレイヤーが活躍していることも、もっと取り上げて欲しいのです。
まあ、安永さんや土屋さんの時代は今ほどメディアに情報を伝える手段が無かった事もあるでしょうし、佐渡さんが「題名のない音楽会」の司会を始めメディアに露出する機会が多いことも理由のひとつだろうし、一人のプレイヤーよりも指揮者という肩書きを重視する日本人らしい取り上げかたなのかもしれませんね。

いろいろ書きましたが、佐渡さんがベルリンフィルを指揮した事は凄いし素晴らしいことです。実際振りたくてもベルリンフィルを指揮出来ない指揮者は世界中にいくらでもおりますし、その中からベルリンフィルの選択肢に入り、さらに選ばれた事は紛れも無い事実で、これはニュースになって然るべき出来事です。

人間が飛躍的に成長するには「上の世界」を実際に経験する事が一番だと思っています。上のレベルを知らない人間は「想像」するしかない。例えば優秀なオーケストラで弾いた事のない奏者は「上の世界」を知らない訳ですから、そのレベルがどんなものか想像するしかない。想像が妄想になる事はあっても実際に現実を超える事は難しく、経験、実体験に勝る財産はありません。その意味で、佐渡さんは今回頂点のひとつを経験した訳ですから、これは今後の活動において間違いなく財産になると思います。

今年は佐渡さんが多忙のためシエナでの共演は夏の富士山河口湖音楽祭の一度きり。そこで、少しでもその財産を感じてみたいと今から楽しみで仕方ありません。

2011/06/05 07:45 | sumi | No Comments