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僕らにとって、4月はめまぐるしいほどの変化の季節だ。入卒の時期でもあるし、クラス替えもある。今年は担任も含めての持ち上がりだから去年よりはましだけど、それでもいままではひとつだった階段をふたつ昇って教室に入るのはなんだか変な気分がした。
高校三年生。ふいに、なんだか最後って感じがして、何が最後なのかわかんないけど寂しくなった。僕はナイーヴなんだ。クラスメイトのみんなは勝手知ったるなんとかで、二年のときのグループに分かれてもう寛ぎだしている。僕もそのうちの一人に声を掛けられて、割り振られた席についた。机にはナイフで小さく「FIGHT!」って掘ってある。あまり上手ではないけれど、かなり古い傷らしく、指で触れても滑らかな感触が残った。
今年は転校生もいないらしく、ホームルームは時間割を渡されて終わった。今日はこれで終わりだ。僕は同じ塾に通う幼馴染と連れ立って教室を出る。春休みに受けた模試の話をしながら廊下を曲がると、開け放された窓から校庭を走る野球部の掛け声が聴こえてきた。
うちは進学校を自称しているので、だいたいの部活生は二年の秋の大会で引退となる。春まで残っているのはスポーツ特待で進学するやつだけで、せいぜい地区大会二回戦どまりの僕たちは悔しさを味わう余裕もなくさっさと追い出されていた。なんとなく気が引かれて、トラックを横切っていく後輩たちの背を追いかける。一人、二人……たった十一人。選手登録下限人数ギリギリの二年生たち。その背はなんだか妙に頼りなく、細く、華奢に見えた。
「おれらもあんなんだったかなぁ?」
覗き込んできた友人は首を傾げる。僕はちょっと笑って、だろうねと応える。こいつとはリトルリーグのころから一緒だったが、お互いからきしセンスがなくて、定位置はライトがせいぜいだった。でも野球が好きで、楽しくて、部活と塾の両立も苦にならなかった。休みの日はどっちかの部屋で試合の録画を見たりして、人気投手のフォームを真似してみたりもした。
「こうやってみると、あれはあれでセイシュンって感じだな」
「そりゃそうだよ。よわっちかったけどさ、弱いなりに頑張ってたしさ」
後輩たちは一生けん命に声を掛け合って、ひたすら前を見て走っていく。最後尾のやつが視界から消えるのを見届ける僕らの横を、級友たちがぞろぞろと通り過ぎていった。みんな、進学していく。進路によってはもう会えなくなるやつもいる――そのことを、今から考えるのはちょっと気が早いんだけど、僕はなんだか感傷的な気分で将来に思いをはせた。
たとえばこいつ。隣にいる友人は、東京の私立大の経済学部を志望している。僕は法学部だから、仮に大学が一緒でも今みたいに毎日あったりは出来ないだろう。同じクラスにも法学部志望はたくさんいるが、希望大学はみんなバラバラらしい。地元の国立大にいくやつもいれば、関西や北海道、果ては海外、って声も聞く。さみしい。寂しいけれど、まあ、仕方のないことだって頭ではわかる。だからこそ僕らは、最後の一年を大事にしなくちゃならないよなってことも。
「なんか、まさにセイシュンだなあ」
急にそんなことを言ったものだから、友人はびっくりした顔で僕を見ている。それからぷっと吹き出して、春だもんな、と笑った。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。