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2011/05/22

「風景が見えてくる曲だね」

 とオリジナル曲を聴いて言ってもらえることがあります。とても嬉しいです。
音楽は、当たり前のことながら「聴覚」から入ってくる情報。それが視覚的に
も皆さんの中に入っていける、というのは、演奏者冥利に尽きるというもの。
自分でもそうですが、そういう時は音楽に集中して耳を傾けるんですよね。
そうなると、目の前には演奏者がいるけれど、頭の中には違う風景が
広がっていて・・・パっと我に返った時には間抜け面の私がいたりなんか
しちゃったら、、なんかすみません~って気分になることもあります(笑)
本当に音に集中して音楽と向き合おう、と思ったら、もしかしたら視覚情報
というのは邪魔になるのかも、と考えることがよくあります。
 でもそうすると、視覚情報が伴うライブ活動というものの存在意義が、かなり
危うくなってきます。

 「いい演奏ならCDでも聴ける。かえってCDのほうが演奏に集中できる」
 なんて言われることもあります。それも一理あり。じゃあ、生演奏の醍醐味
は何なのか?

 せっかく生演奏を聴きにきてくれるのだから、もっとエンターテインメントとして、
ライブ全体に視覚的にも楽しんでもらう工夫をしなきゃ・・・と考える方も少なく
ありません。私もある程度はそういった努力も必要だと思います。でも、もし
自分が音楽を聴きに行ったとして考えると、そういった演出は余計なもの、
むしろ音楽を聴かせるということから逃げていると感じてしまうと思います。
その他にも、過剰に身体を動かしながら演奏したり、演奏とは関係ない大きな
動きがあったり。。。邪魔と感じる以上に不快になったり、こんなものを
見に来たわけではないんだけどなあ。。。なんて思ってしまうこともあります。

 じゃあやっぱりCDのほうがいいの?なんて思うのですが、やっぱり
生演奏は魅力的なのです。なぜなら、その演奏者の技術とパッションを
身近に感じながら音楽を身近で聴く喜びがそこにあるのです。
 クラシックを習っていた時、ピアニストとして活動している方に指導して
いただく機会があり、間近で手本演奏をしてくれた時、感動で身震いが
しました。本物の演奏を生で聴く、という喜びを覚えたのはその時から
かもしれません。
 過剰な動きや演奏と関係ない大きな動きを不快に感じるのはきっと、
演奏者が、音そのものではなく、身振りや動きで伝えようとしているのを
感じ取ってしまうから、なのだと思います。演奏者自体が、そう思うことに
よって「音に集中していない」ということになるからだと思います。

 何かを伝えようとする真摯な姿、息遣い、演奏を含んだその人の感情表現
そのものを感じ取りたいから、生演奏を聴きにいくのだと思います。

 もちろん、ずっと音に集中しているのも疲れるし、意外なところを見て
発見したり、こんな表情で演奏するんだなーと思ってみたり。。。いろいろな
部分で楽しんでもらうことも大歓迎です。そういう時のためにも、やっぱり
聴きに来てくださる方が不快にならないような振る舞い、服装etcを
心がけることも、大切なのだと思います。

 前回の最後に「次回は演奏時の姿勢やパフォーマンスについて、
思ったことを書いてみたいと思います。」と締めくくりました。
 続きモノ、と言ったワリに、次に何を書くのか全く自分でもわからないまま
終わっていたので(ジャズのアドリブと一緒!?)宣言とはちょっと違う内容に
なってしまいましたが、これからも演奏活動とパフォーマンスについては
いろいろと考えて行きたいと思います。

2011/05/22 06:36 | toyama | No Comments