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懐かしい夢を見た。まだ子供のころ、ほんの小さかった頃の夢だ。
「おねえちゃんは綺麗で、妹さんは元気でいいわねえ」
私は姉と手をつなぎ、そんな言葉を母に投げかける女の人の足元を見ている。足元しか見えないのに、その女の人が誰なのかを私は確かに知っている。叔母か、幼稚園の先生か、近所の人。靴はそれぞれに違うけれど、夢の中では確信をもって、この人は誰それだと思いながら靴を睨む。
その言葉は本当によく聞かれた。綺麗な姉と元気な妹。母に似て華奢で、小学生のころからほっそりとした姉は本当によく容姿を褒められていた。派手な見た目ではなく、百合の花のような清楚な美しさ。もっと子供だったときは純粋に崇めていられた姉は、長じて少し苦手になった。内気な姉とは違う個性を持ちたくて男の子に混じって遊び、泥だらけになって母を悩ませた。
どうして同じ姉妹でこうも違うのかしら?
母はよく苦笑交じりで祖母と話していたが、違うようにしているからだと私はそっぽを向いていた。姉は姉で、別種の生きもののような私を珍しがり、ちいちゃんは凄いのね、と驚いたような顔で妹の行動を眺めていた。
「眠れないの?」
遠慮がちなノックのあと、姉の声がかすかに聞こえた。読みかけの本を伏せてドアを開けると、湯気の立つカップを持った姉が静かにたたずんでいた。何も変わらないな、と思う。招き入れると音もなくひっそりと部屋に滑り込んで、定位置になっているベッドの脇に座り、ローテーブルにカップを置いた。中身は、ココアだった。
「よくわかったね、起きてること」
「そりゃあ、お姉ちゃんだから」
姉は両手でカップを口元に運ぶ。すべての仕草が無造作で、そのくせ絵になるのが妬ましかった。
家を出たのは私のほうが先だったが、研究の道に進んだ姉も都内に出てきて、その際ルームシェアをしないかと持ち掛けてきたのだった。条件はかなり良かった。会社へも路線一本で行け、部屋数も広い。家賃は折半でも前の部屋より良く、どうせ昼間は顔を合わせないのだからと受けた。
姉が提示した条件はたった一つだった。この家に男性を連れこまないこと。姉のほうでもその約束を破ったことはなかった――先日の、一度きりのことを除いて。
「式の話し合い、うまくいってないの?」
「そんなことないよ。ただ、決めることが多くて閉口してる」
姉とはこの部屋で引き合わせた。お前の姉ちゃん凄いきれいだな、とバカのように何度も繰り返されて、私はそのたび彼の腕をつねった。
「ごめんね、更新まで同居できなくて」
「いいよ。おめでたいことだもん。でも」
姉はふんわり笑って、急に泣きそうな寂しそうな顔をした。
「やっぱりあなたが先にいっちゃうんだね」
私は姉のようになりたかった。綺麗で、しとやかで、おとなしくて。やんちゃな私のことを遠くから憧れるような目で見ていた、姉のようになりたかった。
「ちいちゃんはやっぱりすごいな」
姉はココアを飲みながら言う。小さいころ、私を見たのと同じ表情で、同じ言葉を。
そこにあるのがただ優しい憧憬であることを、私はもう知っていた。
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*今回の画像は「ActivePhotoStyle」さまからお借りしました。