« 感謝・一周年! | Home | ライターへの手紙。vol.38 藤原整さん/momo »
冬は好きだ。特にこの時期、イルミネーションが街に溢れるこの季節は。
足が悪くなってからはあまり外を歩くのは好きではなくなったし、病院通いは面倒だけれど、バスから見える景色が劇的に変化する。夕方、まだ夕日が薄く残っていて、夜の空がだんだんに深くなっていって、そのあわいからきらきらした光が溢れるように灯される。いつもはくすぶっているような商店街でもイルミネーションをするようになったのはここ数年の話だと思うけれど、華やいだ気分をくれるこの催しはやっぱりいいものだと思う。
かつて、あの下を歩いたことがあるわたしならなおさら。
あのとき、どうして二人で歩いていたんだろう。
寒くて、互いに外套を掻き合わせながら取り留めのないことを話していたような気がする。
彼女は職場の同僚で、年が明けたら寿退社をすることが決まっていた。ご主人の地元に行くのだという。二人して空を見上げながら、こんなに贅沢な景色はもう田舎では見られないと笑っていた。
わたしは彼女が好きだった。気が強く、経理の仕事をさばきながら男勝りに仕事をしている姿はどこか子供のようなみずみずしい健康に溢れていたし、きれいに切りそろえられた項も美しかった。寒ければ真っ赤に染まる頬も、指サックを取った時のはっとするほど小さな指も、女の子らしいもののように思っていた。少しどんくさいところのあるわたしを叱咤する声は明るかった。
告白をしよう、と決めた翌日、社長から彼女の結婚を知らされた。社長の声がかりの縁談では横槍を入れる気も起きず、大体彼女も幸せそうで、わたしは買っておいた指輪をそっと質に流した。
彼女は無論そんなことは知らない。ただ、きれいですよねえ、と目を細めて光の帯を眺めていた。
わたしはそのあとも会社に残り、結局結婚はせずにいままで来てしまった。
たぶんこれからもしないだろう。還暦をとうに過ぎた男のもとに嫁にくるような女はいないだろうし、独り身に慣れてしまった自分では誰かと一緒に暮らすことも気ぶっせいだ。甥は施設に入れと盛んに進めてくるが、気乗りもしないし今のところ不自由らしき不自由もない。
それに、その施設がいかにいいところでも、この商店街のイルミネーションはたぶん見れない。
きれいですねえ、といった彼女が見たあのときの光より、今はずいぶん色々な工夫が増えた。
一連でつるされていたライトは小型化され、間なくみっちりとつまり、帯の幅は伸びて高さも増した。圧倒的なほどの鮮やかさの洪水は彼女のご主人の在所にもあるのだろうか。
窓の外に輝くあざやかな光は、今年もあの商店街を華やかに照らしている。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。