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2011/04/11

・赤色灯・

ピーピーピーピー、
ピーピーピーピー、
一瞬に目の前が明るくなる、
瞳孔が恐怖で開ききった感じがする、
心臓がまるで命の危険が迫ったかのように、
私の身体中を血液がもの凄いスピードで駆け巡り始めている、
誰の線量計の警告音なんだと防護服に守られた私の心臓が叫ぶ、
遥か遠くで放射線の線量を計る警告音が鳴っているけど、
きっとこんなに遠くに聞こえるくらいだから、
私の線量計ではないと自分に言い聞かせる、
防護服と面体を付けているせいなのか、
自分の線量計なのか遠くの誰かの線量計なのか、
今の私には判断する余裕さえない、
いつまでたっても放射線の危険を知らせる警告音が聞こえる、
心臓の鼓動が徐々に納まると極度の緊張と恐怖のせいなのか、
身体が限界を超えないようにと私を守ろうとしているのか、
全ての感覚機能が身体の中に引っ込んでしまった感じがする、
まるで分厚いフィルターが身体中を被っている感覚、
昨日はまったく違う私の前に見えている景色、
今この風景を身体が猛烈に拒絶しようとしている、
目の前に見えているものは映像として視神経から脳に運ばれ、
その映像を脳がなんとか判断して、
目の前に起こっている事をまるでスクリーンに映っているように、
私に伝えている、
まるで私の目の前の風景が他人事のように広がっている、
きっと私は今映画館のフカフカの客席に座り、
ポップコーンを片手に持ちながらアクション映画を見ているに違いない、
きっとこのストーリーは誰かがすでに脚本を書き終えたはずで、
私はそのストーリーに添って自分の役柄を演じているだけなんだ、
自分の手が足が妙に他人事のようにゆっくり動いている、
突然私の3m程後ろの上空からおろおろする自分を私が見ている、
何をのろのろしているんだ自分は、
自分はそんなのろまじゃなかったはずだ、
早く早く時間がないぞと聞こえない自分に声をかけている、
この悲惨な現場が夜の景色が、
ちょっと現実味の無い映画のセットに見えて仕方が無い、
感じるのは目の前のスクリーンに映る映像と、
その映像の中で防護服と面体を付けて必死で作業を続けようとしている私、
それでもスクリーンに映る私は恐怖のあまり全ての動きが遅く、
ビクビクしている私がそこにいるのが見える、
聴覚も触覚も嗅覚も分厚い防護服と面体のせいでまったく感じない、
今まで考える事無く動いていた私の手は、
手を動かそうとまず考え脳がその指示を受けて手を動かすべきかどうか判断し、
問題無しと決断した後に指示を身体に発信しているのが分かる、
指示信号が身体の脊髄の裏側を通って腕の筋肉と骨の間を通過している、
指示信号がやっと手の筋肉の内側を通って5本の指に伝わって来た、
どれだけ時間がかかっているんだ俺の手は、
自分の手が暗闇の中でホースを伸ばしている姿も映像として、
スクリーンに映っているように見える、
時間が過ぎるのが遅いのか、
私の動作は緊張と恐怖の迷路に一人放り込まれたようだ、
手の中にはロール状に巻かれた重たいホース、
ガレキが散乱する道に沿って伸ばしながら進む、
暗い廃墟の中ではさっきからずっと赤色灯が回り続けている、
周囲のガレキと建物にもの凄いスピードで赤色灯が反射して私の恐怖を、
最高に盛り上げている、
私の周りでは皆がバラバラの方向に世話しなく走り回っている、
私の目の前をオレンジ色の人影が通り過ぎる、
私はガレキの中、
放射能物質と、
放射線を浴びながら、
ロール状の重たいホースを設置する、
さっき隊長が言っていた事が不意に頭の中に蘇る、
君たちはベストを尽くせ、自分の限界は自分の恐怖が作り出したものだ、と、
私は今ここにいて自分の限界を超えてこのホースを伸ばすんだ、
慎重に、慎重に、
限界路を超えろ、限界を超えろ、と自分の頭の中に言い聞かせる、
目の前の暗闇には赤色灯だけがもの凄いスピードで回り続ける、
今日、自宅のドアを閉める時に、
『今日あなたはルフィーになるのよ』と妻が言っていたけど、
あれは何だったんだろう、
やたらと赤色灯が気になる、
この赤色灯は私を怖がらせようとしているのか、
私を勇気付けようとしているのかどっちなんだろう、
今日、私は私の限界を超えられるんだろうか。
・片方の安全靴・

ピーピーピーピー、
ピーピーピーピー、
又誰かのポケット線量計の警告音が鳴り出した、
いったい誰のなんだ、
こんなに遠くに聞こえると言う事は私のではない事は確かなようだ、
それにしても早くこの重たいホースを設置しなければ、
まったくこのガレキは何なんだ、
誰がこんなに散らかしたんだ、
ガレキを抜いながら重たいホースの設置が、
こんなにも大変に思った事は始めてだ、
私の年齢のせいなのかこの現場の恐怖のせいなのか、
どちらでもいいけど早くしないと予定時間を過ぎそうだ、
早くしないとこの映画のエンディングテーマが聞こえてきそうだ、
頑張れ、頑張れ、
限界を超えろ、限界を超えろ、
私の後ろの方にいる私が励ます声が聞こえる、
突然なんの予告も無くロール状の重たいホースが止まる、
これ以上進むのはやだとだだをこねるようにホースがが動かなくなった、
まるで子供が歩いている途中で気になるものが目に入り全ての事を忘れ、
その気に入ったものを見入るようになんの予告も無く勝手に止まった、
惰性を付けて進んでいた私の身体はホースの動きに合わせる暇もなく、
ホースを押さえつけたままホースを押さえている両手を円の中心になる格好で、
身体が空中に円弧を描いて飛び跳ねる、
ホースを乗り越して前のめりになりながら、
顔面からホースの前に崩れ落ちる、
地面に蹴飛ばされたように顔面に大きな衝撃、
面体、面体、私の面体、
壊れていないだろうな、
一瞬、息が止まる、
ここで面体が外れ放射能を吸い込んだら、
内部被ばく、内部被ばく、
ズタズタになった頭の中でそんな言葉が鳴り響く、
今自分に起こった事をもう一度整理した方がいいぞ、
顔面からガレキの散らばる地面に転がった事を思い出す、
だとしたら私の面体は破損しているはず、
面体、面体、
内部被ばく、内部被ばく、
私の面体は大丈夫なんだろうな、
誰でもいいから教えてくれよ、
誰も今の私を見て助けに来てくれないのかよ、
まるで宇宙服を着て宇宙に投げ出された私、
呼吸をして良いものかどうだか誰か教えてくれよ、
面体を分厚い手袋をしたままの両手で探る、
見える限り面体を内側から見回し破損箇所を探してみる、
どうも助かったようだ面体は破損していないようだ、
待てよ、今自分の呼吸が自分の命を左右しているんだぞ、
家族はどうするんだこれからの将来はどうするんだ、
もっとゆっくり考えてから行動しろ、
すがる思いでまるでストローで空気を吸うように、
ゆっくりと慎重に呼吸を始めてみた、
一度呼吸を始めると後は何も考えられなくなり、
速い呼吸は身体に新鮮な空気を満たしていく、
心臓は信じられない程早く血液を送り出し身体全体を揺らす、
慎重に、慎重に、
ゆっくりと、ゆっくりと、
今の自分の感情とはまったく反対の事を、
自分の頭に言い聞かせながら身体に酸素を行き渡らせるのが精一杯だ、
これが限界だ、
これが私の出来る精一杯の判断だ、
いや、限界は自分の恐怖が作り出しているものだ、
落ち着け、落ち着け、
全てが落ち着くまで数秒の事だったろうが、
私にはまるで一時間以上の出来事のように思えた、
呼吸を整え体勢を整える直し、
ロール状の重たいホースがなんで急に止まってしまったか前方に目をやると、
つま先に鉛の板の入っている片方だけの黒い安全靴が転がっていた、
なんで私はこんなものの為に今死にかけたんだよ、
それにしてもこの黒い安全靴はなんで片方しか無いんだろう、
この黒い安全靴を履いていた奴は、
今でもこの靴を探しているだろうな、
今でも生きているのかな、
もしも生きているなら私はこの靴を彼に届けるべきだろうな、
今はこの任務で何も出来ないけれど、
任務が終わり次第この黒い安全靴を見た事もない彼に届けてやろう、
彼はきっと喜ぶだろうな、
分厚い手袋で靴のホコリを払いながら靴のサイズを確認し、
誰の邪魔にもならないようにと建物の壁に立てかけた、
気が付くと私は再びロール状の重たいホースを、
ガレキの中に設置している。

・線量計・

左側を通って、右側は通らないように!!
走れ、走れ、
遠くで私に向かって声を張り上げている人影、
彼はモスグリーンの防護服を身にまとい、
現在400マイクロ、
現在400マイクロと何度も何度も叫ぶ、
面体は絶対に外さないように、
破壊された建物には近づかないように、
その先は屈折放水車が有るぞ、
走れ、走れ、
この辺は100ミリシーベルト、
車から出ないように、
ホースはこっちに、
走れ、走れ、
時間がないぞ、急げ、急げ、
急に私の回りに大勢の人影が戻って来たのか、
エンジンの音や人の走る足音の中に私がいる事に気が付いた、
ピーピーピーピー、
ピーピーピーピー、
どこかの誰かのポケット線量計の警告音が鳴り響く、
暗いガレキの中では赤色灯が、
私と一緒に忙しそうに走り続ける、
さっきからの警告音がずっと聞こえる、
しかも今度は私の動きに合わせて、
ピーピーピーピー、
ピーピーピーピー、
私の頭の中でさっきからずっと線量計が鳴り響いていたけど、
その警告音が私に寄り添っている、
私の線量計だ、
さっきから警告音を鳴らしている線量計は、
私に対する警告音だ、
警告音は私に危険を知らせようとしていたのかよ、
なんて今日は長く険しい一日なんだろう、
この現場に来る前に津波に流された市街地を通った、
ガレキの中に何人もの死体を目にした、
頭から泥だらけになって震えている人を何人も目にした、
この状況の中で懸命に耐えて生きている人々の事を考えたら、
私の状況は私が自ら志願して選んだ状況、
家が流され泥だらけになりながら怪我をしている人をかばう人々、
彼らは穏やかな日常生活の続きをおくれると思っていたはずなのに、
誰にも何も言われないままに突然この状況に落とされた人々、
私の力で少しでも彼らの不安が取り除けたら、
少しでも彼らに希望を与えられる事が出来るなら、
私のての中には重たいホース、

・パパがルフィー・

確かあの日は夏がとっくに過ぎたはずだったのにとても暑かった日だった、
ホテルの結婚式場はやだと君が言ったので、
今ではあたりまえになったセレモニーホールで僕たちは結婚した、
会場の隣にあるプールの水面に太陽が反射して、
君の顔をユラユラ光が躍っていた事を今でも覚えている、
君の姉さんの子供達が花かごを持って、
私たちの前を花びらを振りまきながら歩いていた、
ベールのかかった君を見ながら、
君の細い指に指輪を付けたときから、
私は君の命に関わる事が万が一おきたら、
私は君の為に命を投げ出せると誓った、
君は花が好きで道端に咲く小さな花を摘んで来ては、
小さな器に生けて家中のあらゆる所にいつも飾っておいてくれた、
仕事から帰って来て洗面所で顔を洗いふと目の前に目をやると、
小さな花が一つ、
まるでお帰りなさいと私の顔を覗き込んでくれているようだった、
やがて私達にも子供が生まれた、
君の出産の時に私はずっと側にいた、
君が生まれたばかりの赤ちゃんに最初にかけた言葉を覚えているかい、
『ハロー』だったんだよ、
そして私はきっとあなたを幸せにして上げるからねと言っていたんだよ、
私は君が幸せそうにいつも娘たちを見つめている横顔が好きだった、
全ては止まり優しい時間だけが、
ゆっくり過ぎていくそんな時間がとても好きだった、
そんな時間の中で私は娘たちの笑顔を見るたびに、
娘たちの為なら私は命を差し出せると自分の心の中に誓った、
今まで君に言った事がなかったけれど、
これからも君に言うつもりはないけれど、
私は自分の心の中で誓って今まで生きて来た、
この隊に入って何年経つだろう、
あの時に私は君と娘たちに対して、
自分の心の中にそんな誓いを立てていなければ、
もっと普通の平凡な道を選択していただろう、
私はあの時に自分の心の中に誓った思いを、
今回の災害の一報が入り災害の映像を目の当たりにした時に、
20年前に誓った君と娘たちの誓いを破る事を決断したんだ、
今、家族の為に歯を食いしばって生きている人達の為に、
私は彼らを守ると、
私なら彼らを守れると、
自分の心の中で私が叫んでいたんだ、
その時に私は私の力で彼らを幸せにすると誓ったんだ、
娘たちには私の出来る限りの愛情を注いだ、
彼女たちはもう子供ではない、
今ではそれぞれがそれぞれの道を歩き出している、
君には私の決断した事を分かってもらえなくても、
受け入れて貰えると思っている、
そして私は志願した、
部隊の中で志願者を募った時、
私は何も考えずに手を上げた、
それまで何十年も考え続けていた思いだから、
今さら考える事はなかった、
この危険な作業は経験が有り恐怖に打ち勝つ事が出来る、
自分たちがやるべきなんだ、
明日からの自分の全人生と引き換えになるかもしれないけれど、
今ここで家が流され寒さに震え、
明日の食べ物の心配をしなきゃいけない子供たちを、
守ってあげたいと誓ったんだ、
私がこれまで味わった幸せを今ここにいる子供たちにも味合わせたかった、
人生にとって生きてる事がどんなに素晴らしい事か感じて欲しかった、
それでなきゃ不公平だよ、
私は君たちのおかげで充分に幸せな日々を過ごす事が出来た、
今度はここにいる子供たちの番なんだよ、
それでなきゃ不公平だよ、
作戦当日の朝、
家族全員で静かな朝食をとり、
玄関に向かい靴を履き家のドアを開け、
外に出ようとするときに、
『今日はルフィーになるのね!!』と、
君が私に声をかけたので振り返ると、
娘たちが、
『パパ、パパは海賊にはなれないけど、
 パパだったらきっと仲間を助けられるわ、
 きっとルフィーだったらパパと同じ事したはずよ、
 パパってさ、ワンピースのルフィーが好きだったもんね、
 いつもルフィーの真似して笑わせてくれてたよね』、
私にニコニコしながら声をかけてくれた、
私は家族に背を向けてドアを閉めた瞬間から、
嬉しくてありがとうと心の中で何度も心の中で叫んだ、
今では遠い昔のような気がする。

・人工の命・

数日前までの穏やかで居心地の良かった海はもうすでになく、
ただ全てを奪って人々を絶望の中に引きずり込んでしまい、
全ての人たちに戻る事の出来ない悲しみだけを残して去っていってしまった、
暗くて悲しい海だけが広がっていた、
災害現場に到着すると、
現場は私の想像を絶する程壮絶な状態だった、
26年前に日航機が御巣高山に墜落した飛行機事故があったが、
事故後の調査で尾翼とラダーを失ったまま飛行機は飛び続け、
パイロットはエンジンパワーとフラップだけで、
飛行機をコントロールし続けたと公表されたが、
今まさに私はコントロール不能になった飛行機に乗り込んでいる、
しかも自ら志願して、
全ては地震と津波で破壊されていた、
人が作った構造物とその中にある原子力と言う人の作り出した人工の命が、
黒い海に飲み込まれ今まさに恐ろしい命に生まれ変わろうとしている、
暗闇の中の黒い海は何事もなかったように穏やかにまどろんでいる、
暴れ出したら私達にはどうする事も出来ない人工の命、
人類に貢献するはずだった人工の命が今私達の健康を脅かしている、
そんな人工の熱い命が寝息を立てているかと思うと、
恐怖で足がすくむ、
彼らが一度起きたら大変な事になるだろう、
きっと誰にも手がつけられないだろう、
人工の命は今は寝込んでいるが熱が高くなったら起きて暴れるだろう、
早く彼らの熱を下げてずっとずっと眠り続けて貰うしかない、
原子力と言う力を発見した科学者は、
これから人は自然では手に入れる事が不可能な、
膨大なエネルギーを手に入れるだろう、
そして人は夢の為にはどんな事もするだろう、
只、その夢が現実を超えた時に想像もできない事が起こる事を、
誰も気付かないで人は夢の中を冒険しようとしているようだ、
そんな文章を昔読んだ事を思い出す、
ロボットと言う言葉を始めて本で発表した科学者は、
本の最初のページに、
ロボットは絶対に人を傷つけてはならないと記載していた、
きっと私の目の前にある人工の命はとても素晴らしいもののような気がする、
それを上手に使いこなせば社会の為になっただろう、
しかし実際私達はその人工の命を上手に使える程、
進化していないような気がする、
人間は自然界の食物連鎖の頂点にいると教わった事が有るが、
今人間は自然の連鎖から離れ、
人間以外の食物連鎖をコントロールしようとしている気がする、
自然は私たちの夢や希望とは関係なく動いている、
自然は怖いもの自然は荒れるもの、
そんな事を改めて思わせる、
それでも人は、
今、私の目の前にある人工の命を人が作り出した、
今、人がコントロールできなくなってしまった人工の命を、
この人工の命が私の愛する人たちを悲しませる事が有るなら、
私の愛する人たちを傷つける事が有るなら、
私は命をかけても愛する人たちを守るだろう、
そして今私たちがやろうとしている事が、
今後二度と行われない事を願って、
私はロール状の重たいホースをガレキの中に設置している、
頭が次第にクリアーになって来た、
今日、君と娘たちが私にかけてくれた言葉が、
今私には恐怖に打ち勝つ言葉だったような気がする、

『今日あなたはルフィーになるのね!!』

そんな言葉を思い出しながら、
私は重たいホースを設置している
今まさに恐怖の中に身を置き命をかけて福島の原発事故現場で、
作業されている方には頭が下がる思いでなりません、
今後の作業の明るい展開と作業員の方々の安全を、
強く願うばかりです。

2011/04/11 12:20 | watanabe | No Comments