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2009/09/20

シドニーの映画学校はとても新鮮な経験になった。学生がほとんど現地の人間である事ももちろんだし、ものづくりの姿勢に国籍は関係ない。
クラスの授業はほぼ全てテクニカルなもので、机の上で展開するものが少なかった。全てが実践的だった。
映画を作る体験を通じてクラスの人間との絆が出来ていった。ほとんどの場合が互いの意見の主張、ぶつかり合い。しかしいったん始まってしまうと、いがみ合っている暇がないほど忙しくなってしまう。そして気がつくと仲間になっている。
入学初日に教師のGに「みょうな外国人扱いはぜったに許さないぞ」と脅しめいた事を言ってしまった。今となれば恥ずかしい話だが。しかしそんな変わり者の僕を面白いとおもった人間も少なくはなかったようだ。
僕らクラスメイトは授業が終われば近くのバー・レストランでビリヤードの玉をついて、おしゃべりで過ごした。そこでは様々な映画の話があったと記憶している。シドニー独特の大雨が降ったときなんかはいつもより長くそこに居た。雨を見ながら飲むビールも悪くない。

特にクラスで仲のよかった連中がいる。SとJ。Sは当時すでに30歳を超えていたと思う。Jは僕と年齢は変わらず。3人はいつも音楽の話に明け暮れ、そのうちバンドを始めた。そして僕はS8フィルムに出会う。Sは大好きだったヴィム・ヴェンダースの「Paris Texas」を僕らによく勧めて、僕らはその中に映るナスターシャ・キンスキーに心惹かれたものだ。今思うと青春と映画とは別々の物のようには思えない。映画の中の世界はある種自分の人生の一部になる。その感覚、ペーシング、ムード、奥行き、それら全てが自分自身になる。だから僕がナスターシャとキャラバンで暮らした事がある、といったとしてもそれは間違いではない部分があるのかもしれない。その後僕は何回かキャラバンでの寝泊りを経験しそのつど彼女を思い出すからだ。あの映画に出てくるワンシーンがある。それはトラヴィスが昔のS8フィルムを見せられ、幸せだったころを再確認するシーンだ。金の無かった僕やJやS.しかし作品をフィルムで撮りたい。そんな想いからS8カメラを購入した。当時シドニーではS8カメラが中古屋に多く出ていて学派大体80ドルから200ドルの間だろう。買えない額ではなかった。
このおんぼろフィルムカメラとの出会いで僕の世界は大きく広がった。なぜなら撮影という名目は僕を普段経験できない世界へと平気で放り込んでくれたから。
僕はだんだんと映画の魅力に惹かれ始めていた。

次回更新予定(2009年10月4日:日曜日)

2009/09/20 03:03 | 未分類 | No Comments