« ☆2014/9/15 SON-SALSA PARTY @ ASERE/六本木!! | Home | おっかねぇ~老剣士の話。 »
……はあっ、はあっ、はあっ。
ぱたたたと俯いた額から汗が落ちてくる。自分の呼吸音がやけにうるさい。震えそうになる膝を叱咤して身を起すと、わたしは校舎に掛けられた時計を見た。まだ明るいと思っていたけど、そろそろ撤収しなければならない時間だ。部員に声を掛けてグラウンドを片づけなければ。
先輩たちが抜けて、キャプテンになって、1週間。わたしはまだ、そのポジションに慣れていない。
うちは公立のくせに、毎年関東大会を果たすほど強い陸上部があるので有名だった。個人の資質によるところも大きい競技なのに、個人も団体も必ず結果を出していた。中学ではトップの記録を持っていたから自信はあったが、みんなそうだったらしく、一年の時は補欠にすら入れなかった。最初四十人以上いた入部希望者は、半分以下に減った。数が多すぎて選手登録が受けられないこともあったし、もう一つにはほとんど意味のないように見えるいくつかのルール――たとえば日焼け止めを塗ってはいけないとか、髪はベリーショートでないとダメだとか、ジャージは長袖を着てはいけないとか――に反抗していった子も多かった。わたしは、黙って先輩のタイムを計り、真っ黒な腕を晒して短く刈り込んだ項をざらざらと撫でていた。
これでいいんだ、と思った。これでわたしはもっと早くなれる。
誰よりも美しいフォーム、誰よりも早いタイム、誰よりも長く走れる強靭な筋肉。毎日朝練にも欠かさず参加し、二年の春には補欠になって、夏の大会ではついに個人戦にエントリーしてもらえた時は認められたようでうれしかった。それは三年生にとっては引退試合で、わたしのせいで出られない先輩もいたのだけれど、「あんたは人一倍頑張ってるから」と許されたのだった。二年生でのエントリーは珍しくもないが、うちの高校ではめったにない。結果は個人戦が2位、団体戦では4位に入った。先輩たちは声を上げて泣いていた。うれし涙ではなく、悔し涙で。
「あんたがエースなんだからね。仇をとってね。絶対、関東に出てね」
関東大会に出られるのは3位以上だ。真っ赤になった顔で肩を揺さぶられ、頷いた。エースなんだからね。仇をとってね。リフレインのようにいつまでも耳の奥で“絶対”という言葉が響いた。
「しゅーごー!」
声をかけると、四方から集合集合と号令がさざ波のようにこだましていく。校庭の隅々に散らばっていた一年生がトンボを手にして走ってくる。二年生は慣れたもので、それぞれ数人の後輩をまとめると手際よく片付けに取り掛かる。その様子を見て、残っていた同期がくすりと笑った。
「うちらの代は行こうね、全国」
「大きく出たね」
「まあね。夢は大きく、とりあえずあんたは来週の個人戦がんばって!」
ばん、と背中をたたくその顔も、わたしと同じ真っ黒に日焼けした頬をしている。揃いの練習着、同じ髪の長さ、同じだけ練習をかさねてきた。
そう、わたしはエースだ。慣れないなんて言っている場合じゃない。
先輩たちがそうだったように、今度はわたしが、みんなを連れて上に行く。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。