以前、とある舞台にて黒衣(くろご ※黒子“くろこ”と呼ばれることが多いですが、もともとは誤用)を務めた際、演者への小道具の渡し方や、顔の汗の拭き取り方など、基本的なことを知らないと指摘されました。
そして「分かっていないならやらなくて良い」と言われ、結局その部分の役割からは外されるということがありました。
その舞台の演出家は、僕が何年も日本舞踊の稽古場に通っていることを知っていたので、黒衣や後見を経験する機会が多く、基本的なことを理解していると思われていたのが、実はそうでもなかったという結果です。
さて、全身黒づくめでの登場し、そこにはいない存在として、舞台上のものを動かしたりする黒衣の姿は、皆様想像がつくかと思いますが、“後見”という存在はご存知でしょうか?
やること自体は黒衣に近く、舞台上に出て、演者に小道具の受け渡しを行ったり、衣装チェンジの補佐をしたりするのですが、決定的に黒衣と違うこととして、後見は堂々と顔を晒し、黒紋付きと袴の姿で登場します。
普通、黒紋付きを着る際には、着物の下の襦袢の襟の色が白なのですが、後見の場合は、色でその役割を示すかの様に、グレーの襟の襦袢を着ます。
歌舞伎の場合ですと、茶色の上下(かみしも)をつけて、顔は白塗り、カツラもかぶって登場することもあります。
後見が実際にどんなものなのか、見たことがない人に文章だけでイメージしていただくのも難しいのですが、例えば、日本舞踊で傘を使って踊っている場面があったとして、その傘の踊りが終ったその次に、手拭いを使った踊りが始まるとします。
普通に考えれば、踊り手は傘をどこかに置いて、手拭いを持ってこなければなりません。
いったん舞台からハケて、持っている小道具を入れ替えてから出てくるという方法もありますが、踊りによっては小道具を何種類も使うこともあり、それを持ち替える度に、踊り手が引っ込んで出て来てを繰り返して、何度も舞台が無人になってしまうのも面白くありません。
そうしないためにも、踊り手が傘の踊りを終える少し前あたりで、紋付き袴姿の後見がすうっと舞台の後方に現れて座って待機します。
そして、傘の踊りが終ったなら、踊り手から傘を受け取り、同時に隠しもっていた手拭いを入れ替えで渡して、自身は回収した傘を持ってすうっとハケていく。
そうすれば、踊り手自身はずっと舞台上にいることが出来、作品自体も途切れる感じが少なくなります。
この後見、当然ながら日本舞踊のお浚い会などではかかせない存在で、よほどイレギュラーなケースでなければ、男性が行います。
一般的に、日本舞踊のお稽古場には、男性がほとんどいないことが多いです。
ですから、男性で日本舞踊を何年も習っていれば、自然に後見を行なう機会が多くなっていくものですが、僕が通っている稽古場は、諸事情あって、稽古場公演以外のお浚い会を全くやらないところなので、ゼロではないにせよ、これまであまり後見をやった経験がありませんでした。
しかし、そんな事情があるにせよ、当時既に名取りになっていた身で、“後見のことを何も分かっていない”と言われたのは、それは悔しいことでした。
そんな折、次回の日舞の稽古場公演に、踊り手として出演することが可能かどうか先生に尋ねられたのですが、敢えて、自らは踊らずに、他の人達が踊っているときの後見のみで参加させていただくことをお願いするに至りました。
そして酒井の後見への道が始まりました。
しばらく、この後見ネタだけでコラムが書けそうです。
次回は、「後見への道 ~黒衣と後見~」(古典芸能)をテーマにしたコラムをお届けします。