« イベントの司会者という大役に震えた話 | Home | 「人生」と言う名の軽自動車ドライブインプレッション »
恥の多い人生を送ってきたと書いたのは、太宰だったっけ。
ふと、電車の中でそのフレーズを思いだし、私は目の前に映る自分の顔をなんとなく眺めた。なんだかひどく疲れた顔をしていた。仕事帰りだから当たり前だ――まして、上手くいったわけではない仕事の帰りは。
私の仕事は頭を下げることだった。部下のミスを謝り、上司の尻拭いをする。なぜか私が謝ると先方が鉾を収めてくれることが多いので、いつの間にかそうなった。謝っていないときは普通の事務仕事もしているし、本来そちらの仕事がメインのはずなのに、気が付けば週に二回は見知らぬ会社で頭を下げて回っている。板金がこれほどまでにクレームの多い業界だとはちっとも知らなかったが、「納期」は絶対であるクライアントが多い以上、誰かは引き受けなければならない役回りだ。その点君はうってつけだ、と常務は言う。総務部長という肩書もおそらくそのために与えられた餌なのだろう。
昔から、なぜか泣いてもいないのに泣いてると言われてきた。俯いていれば泣いていると誤解され、女々しいとからかわれたことも一度や二度ではなく、友達には「なんか幸薄そうな顔」とたびたび言われた。自分では普通の顔のつもりだし、笑うこともあるのだけれど、電車のガラス窓に映る顔は確かにそう言われても仕方ないような気がした。
太宰より私の方がよほど恥をさらして生きている。
そう思った瞬間、ぐらぐらと電車が揺れ、隣のつり革につかまっていた女性が私のほうに寄りかかってきた。すいません、と謝る声に覚えがある。先方も気付いたらしく、一瞬怪訝そうに視線を合わせ、ああ、と納得した顔をした。先週、部品が間に合わずに謝りに行った、建設会社の社員だった。
「その節は、どうも」「いえ、こちらこそ」。
もごもごと声を交わす間に、二つ先の駅で線路に石が乗っているため除去作業をする旨のアナウンスが流れた。急には動かないだろうと踏んだのか、女性は世間話をするように「あなたがなぜ来たのですか」と聞いた。
「……え? どういう意味でしょうか」
「あなたは担当者ではないでしょう。 弊社が謝って頂きたいのはあなたではないのですが」
責任者を任されているのだから気が強いのだろうとは思っていたが、まさか車内で詰問されるとは思っていなかった。咄嗟にまた謝ると、ふん、と鼻息荒く返される。怒っているのだな、と思った。あのときも彼女は口をへにしたまま、視線すら合わせそうとしなかった。立ち会った上役のとりなしと次回減額での納品で収めてくれたと思っていたのだが、どうやら納得はしていないらしい。
「あなた、謝ってばかりいるのでしょう。よくない癖ですよ」
「すいません」
「第一、あなたが謝る筋の話でもないでしょうが」
「仰るとおりです。すいません」
ほらまた、とガラス窓越しに彼女は笑った。笑うと思いのほか優しい印象になった。
「ごめんなさい。いじめるつもりはなかったんです」
運転再開のアナウンスが流れた車窓に映る私の顔は、さっきよりほんの少し、柔らかい表情になっていた。
どこか吹っ切れたような顔で、私と彼女を載せた電車がゆっくりと動き出した。
================================================
*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。