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2014/05/12

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くきくきと肩を回して時計を見ると、もう0時に近かった。
経費削減のためとスポットライトのように残ったものの真上だけつけることを許された照明の数はふたつ。また残されているのか、彼も。デスクを見舞うと、声を掛けるまでもなく彼が書類の山につっぷすようにして眠っているのが判った。

隣の椅子を引いて寝顔を眺める。だいぶ大人になったなあと思う。三年前に新卒で入ってきて、OJTにわたしがついた。右も左も判らない彼に資料のフォーマットを教え、接待で使う店を教え、まだ学生気分が抜けなかったこの子に社会人として恥ずかしくない服装や振る舞いを覚えこませた。おろおろとわたしの言うことを聞いて生真面目に反応する姿はかわいくて、あの頃は毎晩いろんなところに引っ張り回したものだ。その甲斐あって昨年には一本立ちし、今では同期で一番営業成績がいいらしい。先輩のおかげですと彼は顔を真っ赤にして言うが、わたしにとっても満更でもなかった。

が、その所為か、最近では仕事に忙殺されているらしい。今年は彼も初めて新卒の女の子の教育担当についたと聞いた。きっとわたしからされたように後輩を指導しているに違いない。それはなんだか微笑ましかったが、そのために自分の仕事にしわ寄せが来ているのだろう。

上着でも掛けてやろうか、と立ちあがった瞬間、パソコンの影に何か小さい箱があることに気が付いた。隠すように置かれたそれは誰でも一度は聞いたことのある高級ブランドのロゴが入っている。好奇心から、音を立てないように手を伸ばした。この子もついにお洒落に目覚めたのだろうか。中身はネクタイピン? それとも、カフス? 秘密を盗み見るように、そっと開く。……中身は、指輪だった。

そっと抜き取って嵌めてみる。少し小さい。小指ならくるくる回るが、薬指には少し小さい。照明に照らされて光るプラチナの輝きを楽しみながら、わたしは忍び笑いを漏らした。秘密にしていたのか、彼は。先日飲みにつれて行った時、そんなことは一言も言わなかったのに。

彼に女を教えたのはわたしだった。初めてのとき、すいませんと謝ってばかりいた。だんだん、謝らなくなって、上手になって、……最近は忙しいとそればかり口にしていたけれど。

バカな子。

渡されたときには驚いた顔をしなければならないな、と思いながら指から抜いて箱に戻した。頬が緩むのを抑えきれず、気配を忍ばせて元の場所に片付ける。そして、今度こそ上着を取るために立ちあがると、彼が身じろぎしてとろりと眠そうな目を開けた。

「……あれ、すいません。俺寝ちゃってました?」

「大丈夫、皆帰ったから。それより、もう0時回ったよ」

げ、と彼は慌てた様子で机の周りを片付け始めた。ばさばさと音を立てて書類を掻き集めるのを手伝ってやると、彼は礼を言って机の中にそれをしまい、さっと手を伸ばしてあの箱を鞄に入れた。大事そうに。そして慌ただしく礼をすると、挨拶もそこそこに一人でオフィスを飛びだしていき、わたしは少し拍子抜けした。

しかし、置いていかれてしまったものは仕方ない。ため息をついて席を立った時、小箱が置かれていたのと反対側に写真立てが置いてあるのを見つけた。手を伸ばす――やめる。微かに見えた写真には長い髪が映っていた。その肩に置かれた、彼の手。

わたしはショートヘアだ。叫び出しそうになるのを抑え、座りこんだわたしの頭上で消し忘れた照明が煌々と輝いていた。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2014/05/12 07:00 | momou | No Comments