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2014/01/06

m261

 

パッとしない人生を歩んで来た。

などと言えば文学的な感じがするけど、それは僕がオタクだからだと思う。誰に指摘されるわけでもないけど、多分皆そう思ってるんだろうし、ステロタイプな「オタク像」と自分がかなりの部分合致しているのだろうということは理解している。部屋中の壁に貼られたポスター。本棚にきっちり積まれた原作本の漫画。そしてそこから導き出されるイメージである「デブ」「汗っかき」「ダサい」の三拍子はまるきり僕そのものだ。

従って僕は朝から鏡の前で悪戦苦闘を繰り広げていた。通販で買った姿見の前でああでもないこうでもないとやっぱり通販で買った服を取り換え引返してもう二時間。遅刻しないように家を出るには5分しかないのに、早くも新品の服が皺くちゃになっている。

……でも、何かがおかしいのだ。服そのものは雑誌で見たコーディネイトをまるごと買ったんだから間違いはないはず、では小物がおかしいのか。バッグ、靴、それとも? モデルが悪い、と脳裏で囁く悪魔の声を無視すると、僕は財布と携帯と予備のバッテリを鞄に突っ込んで新型モデルのスニーカーを手に階段に向かって駆けおりた。

 

昨今、オタクだって恋はできる。SNSがあるからだ。
僕が出入りしていたのはオタク御用達のスペースで、そこでは好きなアニメの話を思う存分できるので同好の志には極めて人気が高かった。そこでは見た目とか学歴なんて全く考慮されない。ステイタスの基準はいかにイベントに行っているか、グッズを持っているか、うんちく知識を披露できるか、の部分に掛かってくる。そのため、僕はまあまあの人気を誇っており(何しろイベントは毎回欠かさず参加しているしグッズは全制覇しているのだ!)、そのため、コスプレをする女の子から細かいパーツについての質問なんかも受けるようになった。例えばあの魔道具を再現するにはどんな材質がいいかとか、そんなたわいもない質問だったけれど、そういうことにも僕は出来る限り丁寧に答えるようにしていた。何しろそれでクオリティが変わるんだ。コスプレイヤーの写真を見るだけでも僕は結構満足していた。

の、はずだったんだけど。

 

改札を抜け、携帯を開く。チャット画面にログインすると、彼女が待ち合わせ場所の近くまで来ているらしいことが分かった。着いたことを連絡して、携帯を閉じる。あとは祈るしかなかった。

チャットにほぼ常駐しているせいで会ったことのない顔見知りだけは増えたが、リアルで会うのはこれが初めてだ。しかも、それが女子なのだ!SNS万歳!!僕が張り切るのも当然だ、何しろ女の子と二人で会うなんてほぼ初めての体験なのだから。

彼女のコスプレ写真は見たことがあるから、僕の方の写真を送ったのが数日前、ドキドキしながら開いたメールには「お会いするのを楽しみにしてます♪」とごく普通の返信が踊っていて、ひょっとしたら会ってすらもらえないんじゃないかと危惧した僕の心を非常に優しく包んでくれた。

だから、最善の礼を尽くすつもりで、必死でおしゃれを学んだ。彼女を幻滅させてはいけない。オタクだとしても並んで歩くのに最低限の礼義は必要なのだと、上から下まで流行で新品の服に身を包んできた僕だ。
どうかどうか、待ち合わせ場所で僕を見た彼女が帰りませんように。

その瞬間、ぽんぽんと肩を叩かれた。ためらいがちな声。

「はじめまして。今日はありがとうございます」

写真そのままの彼女が屈託なく笑うのを見て、僕は思わず泣きそうになる自分を叱咤しなければならなかった。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2014/01/06 08:36 | momou | No Comments