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2013/11/25

m258

あたしたち付き合ってどれぐらいになるのかな、と彼女が言った。僕は思わず「え?」と聞き返した。ごった返すハンバーガーチェーン店のなかでは何を話すのでもいちいち声を張り上げなければならなくて、それは彼女だって十分わかってるはずなのに、その呟きはなんだか妙に小さくていつも自信満々で元気な彼女には似合わなかった。

「付き合って、って……まだ三ヶ月くらいじゃないかな」
「違う。もう三ヶ月よ」

なのに、まだあたしたちこういうとこでしかデートとか出来ないわけ?

刺すような目線に、僕は正直なところ返す言葉もなかった。だって時間もないじゃないか、とか、休みの都合だって合わないし、とか、瞬時に浮かんだ言い訳は言葉になるまえに霧散した。彼女はそんな僕を見て、ひどくつまらなそうな顔でオレンジジュースを啜った。

 

僕らが付き合うことになったのは、学祭がきっかけだった。

地域の親睦を深めるためという名目で各校が参加する、年一回の大きなイベント。僕も彼女もその実行委員になっていて、幾度となく顔を合わせるうちになんとなくそういうことになっていた。キャンプファイヤーを見ながら手をつないだのがいまのところ物理的な意味での唯一の接触で、お互いに忙しいから顔を合わせるのは帰宅前のわずかな時間だけ。電車待ちの10分かそこらをここで過ごすのが、精一杯のデートだった。

「たしかに、あたしも忙しいけど」

彼女は言う。あなたも忙しすぎる、って。仕方ない。僕たちはそれぞれにやることがあり、結果を残さなければならない立場にある。それは彼女も分かっていたはずだ。事実、彼女との付き合いで成績を落とさないよう、僕は睡眠時間も削って勉学に励んでいる。もし向上どころか現状維持すらも厳しくなったら、彼女との付き合いを両親に禁止されるのは目に見えていた。それは嫌だ。人生初彼女がこの子で良かったと僕は心から思っているし、時々憂いを帯びて伏せられたまつげの長さにドキッとしたり、不意に見せる弾けたような笑顔はやっぱり可愛い。性格だって完璧ではないにしろ長所の方が短所より多いし、同じ年だし、まあまあお似合いだって自分では思う。

でも、彼女はそうじゃないんだろうか? 僕よりいい男なんて……まあ、ザラにいるけれど。

「思ってたよりあなたって子供っぽいのよね」

大人びた仕草で伸びてきた前髪を払い、彼女は心底そう思っているということを強調するかのように肩をすくめた。僕は縮こまって、次に来る舌鋒に備えた。気の強い彼女は実行委員会の会議でも並み居る委員たちを前に堂々たる意見を披瀝していたし、そういうところに惹かれたのは事実だけれど、その鋭さが自分に向けられることがあるなんて思ってもいなかったのだ。浅はかにも。

「でも、実際子供なんだし、今日はこれで許してあげる!」

もう時間だから行くね、と僕の頬にリップ音を立ててキスを残し、彼女はランドセルをしょって出て行った。ほんのりと赤くなった頬を意識して僕は固まり、その小さな後ろ姿をぼおっといつまでも目で追っていた。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2013/11/25 07:16 | momou | No Comments