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2013/09/23

電柱の陰から彼女が現れたとき、不覚にも僕は目が離せなくなってしまった。

目の前にいる“彼女”から目が離せなくなってしまったのは、その異様な風体のせいだった。過剰なほどのフリル、幾重にも重なった段のあるスカート、まだ残暑が厳しいこの時期にぴったりと覆われた腕、そして何より腰まで届きそうなほど長い三つ編み。……顔には皺。脳裏で必死に与えられた情報を反芻する。会長の一人娘。まだ独身、確か今年五十になる――。

「……あのう、貴方が?」
「はい、そうです。お待ちしておりました、お嬢様」

遠慮がちに問いかけられて、初めて僕は頭を下げ、慌てて自己紹介をした。彼女は鷹揚にそれを聞き流し、意外なほど優雅な挙措で少女のように腕を預けた。

 

初めて訪れると言う竹下通りのど真ん中でも、彼女は臆せず胸を張って歩いた。

年齢に見合わない少女趣味、場所に合わないこの服装は雑踏の中でも人目を引く。僕は正直居心地が悪かったが、彼女は奇異の目で見られることに慣れているのか立ち並ぶ舖を興味深げに覗いていた。年齢から言ってそんなに歩きまわっては疲れるのではないかと休憩を幾度か申し出たけれど、彼女は穏やかに首を振って拒否した。

「一度、ここを歩いてみたかったのよ。あなた付き合わせて悪かったわね」

はあ、とも、いいえ、とも付かない返事をもごもごと口の中で転がしている僕には頓着せず、彼女は臆することなく若者でごったがえす街をゆく。途中、ゴシックロリータ系のショップを覗き、アクセサリー屋で手鏡を買い、最後に並んでアイスクリームを食べた。滴が落ちそうになるのを舐めとる舌は、どこもかしこも乾いたふうの彼女にあって驚くほどみずみずしかった。

「今日、あなたは休日出勤という形になるの?」
「いいえ。今日は完全に休日です」
「まあ。それじゃ、わたし貴方のお休みを潰してしまったのね」

ごめんなさいね、と彼女はひどく申し訳なさそうに言う。親子ほど離れている彼女の案内を務めるのは勿論仕事の一環だった。昨日会長から営業で一番若いのを、と指名されてのことだ。ただ、仕事であることは伏せるようにと申し渡されていた。

「憧れだったのよね。……父は心配性だから」

一人歩きも出来なかったし、送り迎えは車だし。ずっとこの街に憧れていた、この街には自由が溢れているような気がした。淡々とアイスクリームを食べながら語る彼女は、この街そのものよりもこうしてただ目的もなく歩くことそれ自体に焦がれているように話した。その目は熱を孕んでどことなく夢見ているような気さえした。

「最後に教えて。貴方の目から見て、わたしの服装はこの街で浮いているかしら」
「いいえ。自由って感じがします」

僕は答えた。最初は確かに面食らった、でも確かにこの服は彼女に似合っていた。原宿。信条をファッションとして身に纏うことを、おそらく一番許される街。

「よかった。いっぺん、こんな服を着てボーイフレンドと歩いてみたかったのよ」

悪戯っ子のように笑った口元は、年齢より遥かにチャーミングだった。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2013/09/23 07:27 | momou | No Comments